旅の空色
本陣平野屋 花兆庵 ほんじんひらのや かちょうあん
岐阜県高山市の市街地、宮川沿いに建つ高級旅館。
高級旅館の「花兆庵」棟と一般旅館の「別館」がある。
宿ホームページ→(外部リンク)「花兆庵」http://www.honjinhiranoya.com/
「別館」http://www.honjinhiranoya.co.jp/
[筆者評]
この宿では幸運にも素敵な体験があった。
その意味でも、またその他にも思い出多い宿となった。
旅館「本陣平野屋」には先に紹介したように
タイプの違う2棟があるが、「花兆庵」は最初から決めていた。
ただ悩んだのは部屋であった。
当時「花兆庵」には3つのタイプの部屋があり、
12畳和室に広縁の付いた一般客室、
12畳と6畳の和室に広縁の付いた特別室、
そして3部屋ある90uの広さの貴賓室の3タイプであった。
まあ夫婦二人なので、一般客室でも間に合うのだが、
着替え用などにいつも2間はほしいと思っているので、
よく思案した末に特別室を予約した。
貴賓室はもちろん高いし
二人では広過ぎると敬遠したのだった。
(二人利用で貴賓室は4万5千円との話だった。
ちなみに特別室は3万5千円、一般客室は2万5千円)
宿泊当日、宿の小さなフロントカウンターで
特別室を予約した者だと告げると、
フロント係の男性が「実は相談があるんですが‥」と
恐縮しながら話を切り出してきた。
私たちより後から予約したお客で
できれば特別室を使いたいという強い要望があって、
差し支えなければ我々には貴賓室に移ってもらいたいという。
しかも宿賃は特別室のままでいいというのだ。
断る理由もないし、我々はもちろん快諾した。
その特別室にこだわるお客は
何か特別な思い入れがあるのか、
それとももともと宿の大切な常連であるのかは知らないが、
結果私たち夫婦はこの日この宿の一番のお客になったのだった。
貴賓室はその名に恥じぬ素晴らしい部屋であった。
2畳ほどの広さのある玄関正面には大きな飾り絵があり、
部屋への入り口が左右に分かれていた。
左に行くと12畳ほどのリビングに入り、
右は少し廊下を歩いて角で12畳の和室に当たった。
その和室とリビングは奥で3畳ほどの展望広縁で
繋がっていた。広縁の大窓からは高山本陣方面の
町並みが鳥瞰できる展望である。
奥で部屋が繋がっているのは、
リビングを来客の対応部屋としても使えるようにとの配慮のようだ。
廊下は和室12畳に当たった後、右に折れて
奥の大きな化粧室とその奥の大きな檜浴槽のある
大きな内風呂に行き当たった。
浴室には小さな窓があり、やはり町を見下ろすことができる。
また廊下途中の左側には8畳ほどのツインベットルームがあり、
その部屋専用に小振りのトイレも付いていた。
玄関横に大きめのトイレがあるので、
この部屋にはトイレが2つあることになる。
この玄関脇のトイレも来客用にも使える配慮であろう。
普通、宿泊客に来客なんて滅多にないと思うが、
この構造はある特別な事情にも対応したものだと
後で知ることとなる。
二人には大き過ぎる、
当初そう判断した貴賓室だったが、実際に使ってみると
各部屋特徴があって結果まんべんなく使えた。
リビングのソファーで自宅のように寝転びながらテレビを見て、
大きな和室でゆったりと食事をして、
普段は慣れないベットルームで就寝した。
(基本我が家は純和風の生活スタイルである)
夜と朝と部屋風呂に遠慮なく浸かり、
洗面台も2つあるので、夫婦でお互い気兼ねなく身支度ができた。
正にくつろぎと贅沢の時間と空間を満喫できたのだった。
また部屋付きの仲居もよかった。
気さくな、親戚のおばちゃんみたいな親しみのある接客で、
展望広縁から景色を眺めながら
高山の町と観光についていろいろと話してくれた。
私は滅多に心付けなど出さないのだが、
接客のよさに自然と渡す気になった。
(以前オーストラリアのゴールドコーストの
カジノ付き高級ホテルで
ホテルの顔とも言える年配のドアマンに
車を片付けてくれたお礼にチップを渡そうとしたら、
笑顔でノーサンキューと言われて以来、
人にお礼でお金を渡すことに慎重になった。
昔はともかく、今のほとんどの旅館では
心付けの慣習はなくなっているだろうし)
夕食時、日本酒党の私は和食に合う地酒を
毎度必ず頼むのだが、ここでは地酒は
甘口と辛口のふたつのタイプがあるとの仲居の話に、
私がちょっと考え込むと、仲居の方から
では試飲して選んでいただきましょうと言ってきた。
と、その試飲で出されたものは、
冷酒用の特殊な徳利に入った
どう見ても1合(180ml)は優に入っているもの2つであった。
とても試飲の量ではなかった。
先の心付けが利いたのかもしれない。
ただ試飲だけ呑んで後は頼まないわけにはいかないので、
その後辛口のタイプを2合注文した。
仲居さんには「飲み過ぎませんか?」と諭されたが、
料理のいい時には酒も進むものである。
夕食は懐石風料理で、
富山ものの魚から飛騨牛まで食材も良く
手も込んでいて美味しく頂けたが、
夫婦でぺろっと食べてしまったので、
量は私たちにはちょっと物足りなかったようだった。
朝食は個室の食事処で
特にご当地郷土料理の朴葉味噌(ほおばみそ)が
ご飯とすごく合って美味かった。
お土産用の朴葉味噌を買って帰ったが、
何が違うのか自宅ではいまいちであった。
大浴場は、洗練されたデザインの浴場ではあるが、
旅館の規模にしては意外に手狭な造りだった。
まあ部屋風呂を楽しんだので、私に不満はないが、
一般客室だったら、ちょっと水を押さす大きさかもしれない。
どうやらすぐ側の「別館」の最上階にある大浴場の方が
展望もいいので、そちらも合わせて利用した方がよさそうだ。
(「花兆庵」棟と「別館」棟は繋がっているわけではないので
道路をまたぐ必要がある。「花兆庵」宿泊者は「別館」の
大浴場も自由の使えるとの話であった)
また私たちが宿泊した後日、「花兆庵」には
女性専用の蔵風呂(蔵の中に作った浴場)が
新設されたそうである。
旅も女性の時代としみじみ感じる。
館内施設はないが、街中なので
気軽に遊びに出掛けることもできる。
また小京都の雰囲気漂う古い町並みや
有名な朝市も川の対岸なので
観光拠点としてもよい立地である。
私たちには数少ない『もう一度訪れたい宿』のひとつとなった。
(良い印象)
◇ともかくいろいろとラッキーであった。
◇料理の質もよかった。
◇市内観光に便利でもあった。
◇部屋の広さを無駄なく使えて、楽しめた。
(悪い印象)
◆料理の量がちょっと足りなかった(私たちには)。
◆大浴場が狭いかな。
◆細かいことだが、最初に入り口で歓迎の太鼓を鳴らすが、
お出迎え係の片手間じゃなく、
鳴らす担当がちゃんといた方がよいと思った。
高山市と言えば、春と秋の高山祭りである。
特に秋の「八幡祭(はちまんまつり」は何基もの屋台(山車)が町に繰り出し、
屋台に仕掛けられたカラクリ人形によるパフォーマンスが
人々の目を楽しませることで有名である。
息子を連れて家族でぜひ一度見てみたいと思っている。
もちろんその時も「花兆庵」に泊まるつもりだ。
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おまけ1〈「花兆庵」で恥ずかしかったこと〉
部屋で一服し、町へ観光に出ようと
フロントに鍵を預けた後、自家用車に
忘れ物をしたことを思い出した。
入り口の係の人に預けた車はどこに停めたのかと聞くと
旅館の裏側で歩いて5分くらいだという。
そこでそこまで歩いて行こうとすると、
宿の人が今すぐ宿の車で送迎するから待ってくださいといってくれた。
近いし歩くのは嫌いじゃないので大丈夫だと言ったが、
是非にというので、それじゃあと好意に甘えることにした。
すると大きな黒塗りのベンツが来て、ドアを開けてくれた。
この旅館では高級車ベンツでの送迎サービスが売りのひとつだったのだ。
広い後部座席の革張りの席に体を沈めて、
どこぞの大会社の社長にでもなった気分であった。
が‥、我が家の車に横付けされるやいなや、私は顔が赤くなった。
もう10年はとうに乗りこなした、くすんだ白のシビックだったのだ。
我が家の愛車はちょとの幸運で舞い上がっていた私を
現実世界に引きずり降ろした。
本日宿で一番のお客の顔は丸潰れであった。
その後そのベンツで古い町並みの一角まで送ってくれた。
ベンツを降りてお礼を言い、見送った後に嫁が言った。
「なんだあ。買い物に付き添ってくれるんじゃないんだ」
こっちは厚かましくなってきているようだった。
おまけ2〈貴賓室が来客用にも配慮されている理由〉
仲居から聞いた話だが、私たちが泊まる数日前に
ある大物政治家がこの部屋に泊まったそうだ。
名前は言えないが、有名な2世議員である。
なんと贅沢なことに、この大きな部屋にひとりで泊まったという。
警護(SP)も数人付いていて、そちらは同じ階にある
特別室に控えたそうだ。
その話を聞いて、余所ではあまりない
この部屋の構造の秘密が少し分かった気がした。
政治家の大きな仕事のひとつが、
庶民から上がってくる陳情を聞くことである。
大物の政治家がこの地にご逗留と聞けば、
近隣からわさわさと地元の有力者が挨拶かたがた
陳情しに来るだろう。
そんな来客に対応するのに、この部屋はぴったりなのだ。
応接室と奥座敷が分かれた形で使えるので、
そんな殿上人(てんじょうびと)にとって
きっと使い勝手がいいに違いない。
洋室のソファーで横になり、鼻をほじりほじり
そんな事を考えながら、私はひとり細笑んでいた。
この時の1泊2日の旅行は
前日夜に自家用車で埼玉を出発し、
交通費を浮かせるため一般道を使って、
嫁と運転を交代しながら、
お互い仮眠しつつ、夜通しで走行した。
碓氷峠を越え、上田から山道を松本に抜けて、
朝6時前に上高地へ連絡する
平湯温泉のバスターミナルに着いた。
朝一番のバスに乗り、上高地に到着後、
昼前まで上高地内をハイキングし、
平湯温泉で汗を流して、高山市へ移動。
宿に到着後、高山市内を散策観光をした。
翌日はゆっくり宿を出て、
来た道を戻り、松本城を見学して、
また一般道をのんびり走って帰ってきた。
道のりとスケジュールはかなりハードだったが、
若いからできたことであろう。
今じゃできない。
変な所でケチるもの我が家の特性である。
ただケチり過ぎて、結果損をしないようにも心掛けている。