旅の空色


2016年 3月号


「シリーズ 誰がために金はある D」

 「お金の話なんて‥、はしたない」。
大正生まれの祖母が生きていたら、そんな風に私をたしなめたかもしれない。
私がこの”誰がために金はある”シリーズの執筆に着手したのは、平成26年12月の
第一回目の最初に書いたように、たくさんのお金が世の中に溢れているというのに
なぜ人々を救えないでいるのかと疑問に思ったのが始まりであった。
普通、常人の感覚ではお金があれば豊かな生活ができるはずである。そして現在、市中には
これでもか!というほど、無理無理に押し出すような形で大量のお金が注がれているという。
しかしながら多くの人の実生活に於いては、そんな雰囲気はまるで感じられないでいる。
このギャップは何なんだろうか?その原因を筆者が現在持ち得る知識を最大限使って
探し出し、できうる限り簡単に説明しようと試みた執筆であった。
今回はお金はたくさんあるのになぜ動かないのか?その実体を明らかにしたい。

『なぜお金が動かないのか?』

 まずは今行われているマイナス金利までの道のりをさかのぼり、いかにアリスの不思議の国
のような異次元の世界に至ったのか、私たちの立ち位置を改めて確認してみたい。
 どの国の中央銀行でもそうであるが、景気が悪くなると中央銀行は一般の銀行に貸し出す
金利を下げてお金を借り易くし、お金の循環を良くして、景気を刺激しようとする。
これは全く教科書通りの方法で、この中央銀行による金利の操作は中央銀行の最大の武器と
され、「伝家の宝刀」と言われてた。つまりこの強力な刀を抜く時は、中央銀行も相当の
覚悟を持って世間に望んでいるということだ。ところがこの伝家の宝刀、抜きも抜いたり、
散々振り回してときの声を張り上げて頑張ってきたが、ついにはこれ以上はできないところ
まで、金利ゼロのところまできてしまった。マイナス金利となった今から見れば、
それ以上できるじゃないかと言えるだろうが、当時としてはマイナス金利の世界は
想像できないところにあったのだ。(この金利の操作による経済の調整は、アメリカを始め
とする最新の経済学=新自由主義の基本中の基本となっている。経済最先進国のアメリカは
行政がマーケットに介入するのを極端にきらう。社会主義的風潮と拒絶反応を起こすのだ。
しかしリーマンショックより始まる世界金融恐慌の時に、アメリカの大銀行たちが
国の資本を受け入れる、事実上国有化されてから少し流れが変わり、以下これまでにない
介入も受け入れるようになる。これまでにない=非伝統的手法の始まりである)
 伝家の宝刀がもはや使えなくなった以上、それに変わる手段は?と考えた時に、
お金を借り易くしようというのではなく、お金を押しつけちゃえということになった。
銀行が持って入る資産を買い取って、銀行の手持ちのお金を増やせば、結果銀行は
貸し出しを増やすだろうと考えたのだ。銀行から資産(主に国債)を買い取ってお金を渡す、
さらに加えて株式や不動産関連のファンド(投資信託)も銀行から買い取ることに決めた。
銀行にお金を渡すことには変わりはないし、日本銀行が株式や不動産まで買い取れば、
それらの市場も活気づくという、一石二鳥の妙案とも考えたのだ。
”質の良い”国債や株式、不動産を買い取り(=質的)、大量のお金を渡す(=量的)
ことから、「質的・量的緩和」と言われている。

株式や不動産に手を出したことにより、その市場が刺激されてちょっと景気が
良くなる兆しも現れたが、結局効果は一時的であった。
 そして2013年春、黒田東彦が新しい日本銀行の総裁に任命されるともっと大胆な
手に出た。今後2年間で世の中に出回るお金を2倍にすると言い出したのだ。
これまでと比較にならない程の大量のお金を世の中に出す代わりに、銀行からは大規模な形で
国債を買い上げた結果、金利は大幅に低下した。その影響で日本の通貨”円”が円安になって
輸出企業が大いに潤い、それら輸出企業を中心に株価も上昇して、世の中に活気が戻ってきた。
非常に簡潔に言えば、この”円安”効果がアベノミクスの成功と言われる部分である。
(もう少し詳しく解説すると、国債(日本の借金証書)が買われると、欲しがる人が多いと、
金利が低くても借金を引き受ける人も次第に多くなるので、だんだんと金利が下がります。
そして日本の金利が下がると、アメリカとの金利の比較から、ドルでの運用が有利になって
ドルが人気になり、円が売られて円安ドル高に向き易くなります。円安は輸出企業にとって
輸出品の受け取り代金であるドル(国際取引では主に通貨ドルでやりとりしている)を
円に換金した時に、円安効果で自然と受け取りの円代金が多くなり儲けが膨らむのです。)

 ところで日本銀行が一般の銀行に資産と引き替えに渡したはずの大量の現金は
どうなったのだろうか?それらのお金もアベノミクスに大いに役立ったのだろうか?
実はそれらのお金のほとんどが日本銀行から一歩も外に出ていないのである。
日本銀行にある一般の銀行の口座に滞留しているのだ。ここにお金が好循環しない理由がある。
ではなぜ大量の現金を一般の銀行は使おうとしないのか?一般の銀行が怠けているのか?
いや、一般の銀行もお金を借りてくれるように一生懸命お客を回ったのだ。
とりわけ海外投資や資産運用のノウハウがある大手銀行とは異なり、貸し出ししかできない
地方銀行や信用金庫は、丹念にお金を借りてくれるお客を探し回ったのだ。
しかしお金を借りてくれるお客は居なかった。なぜなら優良企業ほど大抵は自分でお金を
持っていて借りる必要はないし、その他の企業もほとんどがこれから仕事が増えると
考えてはいないのだ。つまりたくさんのお金を用意しても、使う当てがないのだった。
 そして今、日本銀行はマイナス金利という新たな一手を繰り出した。
この一番の目的は、日本銀行の口座に滞留している一般の銀行のお金にペナルティ(罰金)
を課すことである。一般の銀行にお金回りがよくなるようもっと知恵を出せということだ。
そうは言っても日本銀行の外はお金の要望がない、需要がない氷河のような世界。
お金はたくさんあるのに、使い道がないなんて、庶民から見れば羨ましい限りと思うが。

 なぜここまで無理無理に押し通そうとするのだろうか?それは無理無理にでも確かな
景気回復とインフレが起きてもらわねばならない差し迫った内情があるからだ。
その内情とは、このシリーズで紹介した日本の問題の本丸、莫大な国の借金である。
景気回復による税収の増加と、確実なインフレ基調が、もっとも優等生的な財政問題の
解決方法なのだ。果たして日本銀行に滞留する大きなお金の使い道はあるのだろうか?
その突破口のひとつが政治家や財界人が連呼している「イノベーション(技術革新)」
なのだが、次の機会にはこのイノベーションを考えたい。


■ 執筆後記 ■

お金の話ってはしたない?

私も以前はお金の話など人前でするべきではないと思っていた。
品が無いし、エゴいし、独り善がりになりがちで、正に”はしたない”からである。

しかしそんな私を変えたのが、ロバート・キヨサキ著作の
『金持ち父さん 貧乏父さん』と言っていいだろう。
大人はもちろん子供も積極的にお金について学ぶべきだ
と主張するキヨサキ氏に、純粋無垢な子供まで?と
当初は面を食らったが、キヨサキ氏の伝えたいお金についての知識が、
一般的に捉えられているものよりも、もっと広義なものであると知った時から
私も共感者となった。

ロバート・キヨサキの実体験として
お金に対する見方が変わった少年時代のエピソードを簡単に紹介しよう。
お小遣いほしさに友達のお父さんのコンビニでアルバイトをした時のこと。
その友達とふたり、時給2ドルくらい(多分当時の円価値で500円くらいだろう)で
アルバイト時間中お店の掃除ばかりさせられていた。
と、ある時、お店の売れ残った週刊漫画雑誌を回収しに来る業者に目が止まった。
雑誌の表紙をびりびりと大きく破いて、ゴミ袋に放り込んでいる。
その業者に捨てるんなら僕らに譲ってくれませんかと申し出たところ、
再販売できないように表紙をやぶいたものなら好きなだけ持って行ってもいいと言う。
ロバート・キヨサキと友達は大喜びで捨てるもの全部もらい受けることを申し込んだ。
但し、決して再販売しないように念を押された。
ふたりは業者に固く約束をした。

最初ふたりはもらい受けた漫画雑誌を読んで楽しんでいた。
新刊ではないが、小遣いの少ないふたりにとっては
十二分に楽しめる娯楽だったのだ。
やがてもらい受けた漫画雑誌が山のように積み上がった時、
ふたりはいいアイデアを思いついた。
有料で友人たちに見せようと考えたのだ。
別に売るわけではないし、約束違反にもならない。
ふたりは友人の地下室を片付け始めて、本棚を並べ、
漫画雑誌をきれいに掃除して、グループ毎に整理陳列した。
1時間1ドルでその地下室で好きなだけ漫画が楽しめるように整えたのだった。
今で言う漫画喫茶のようなものだ。ドリンクのサービスはないが。
またしっかり者の友人の妹に店番を頼んだ。
それならふたりはコンビニのアルバイトを辞めなくて済むし、
新しい廃棄雑誌も仕入れ続けることができるからだ。

このアイデアは大成功だった。
小さな地下の漫画天国には常に10人くらいの子供が集まった。
その小さなお店をオープンすると1時間10ドルの売上で、
妹ちゃんへのアルバイト代時給2ドルを差し引いても、
ふたりの手元には1時間あたり8ドルの儲けが転がり込んだ。
しかしこの大成功は間もなくして利用していた子供たちのもめごとで幕を閉じた。
もめごとの原因を探る大人たちにこの有料娯楽場の存在が知れて、
どんな形であれ子供が子供からお金を徴収していることが問題視されて、
閉店に追い込まれたのだった。
ふたりのちょっとした冒険と成功物語はここに幕を閉じた。
まあ、ここまでは子供時代のちょっとした良き思い出という趣きで、
話の核心は後日談にある。

騒動の後、アルバイトしていたコンビニや、その他いくつもの小さな事業を手掛ける
その友達のお父さんにロバート・キヨサキは呼び出された。
「いいアイデアだったね。でも私もそろそろ止めさせようと考えていた頃だ」
と友達のお父さんに言われた。
そして「君たちは今回、とても大切なことを学んだね。
自分の体を使って働く以外にお金を稼ぐ方法を見つけたんだ」と
そんな風にとても褒めてくれたそうだ。
さらにそのお父さんはまだ子供であるロバート・キヨサキに提案した。
「いいアイデアを思いつく君だ。どうだ?うちで働かないか?
時給は今の倍出そう。いやなんだったら10ドルでもいい」
そんな誘いにロバート・キヨサキは首を横に振り続けた。
時給10ドルでも、いやそれ以上でも、今までのように
働く気にはならなかったのだ。
最後に友達のお父さんに「それでいいんだ」と重ねて褒められたという。

ロバート・キヨサキはこの体験でお金に対する見方を
どのように変えたのか?
分かる人には分かるし、分からない人には必要のない見識かもしれない。
これ以上、ここでこの話の解説は差し控えよう。
どうしてもいまいち分からなくて、核心を知りたい場合は
ロバート・キヨサキの本を買って読むことお勧めする。
その方がずっと解説が上手いだろうし、
とてもためになる話を提供してくれたひとに対するひとつの敬意でもある。

ところで最近、セブンアンドアイホールディングスの鈴木敏文会長が
人事におけるドタバタの末に引責辞任したが、
これら一連の騒動には、上で紹介したことと同じ見識が
根にあるのでないかと私は勝手に想像している。
日本で初めてコンビニを開き、数々の革新的な手法を導入して
日本の小売業界に一大巨人を作ったコンビニ育ての親の鈴木氏であるが、
一体どのくらいの資産を築いたのだろうか?
案外本人においてはその結果は不満のある内容だったのかもしれない。
と同時に一部で囁かれているように、自分のDNAを業界に
残したいという野望もあったのかもしれない。
しかし結局は‥、雇われだったという事実を突き付けられたような
終わり方だったのでは‥と私は想像している。
ただもしこれが真実だったとしても、記事になることはないだろう。
なぜなら記事の書き手にとっても、ほとんどの読み手にとっても
やるせない現実を認めることのみに終始するからだ。

その人がいなければ成り立たないなんていう会社は、
組織論からして長く存続できない会社でもある。

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