旅の空色
2016年 2月号
「シリーズ 誰がために金はある C」
『マイナスの世界』
「お金を使うとお金が貯まる」。私が最初にそのアナウンスを聞いた時、なんだ?そりゃ?
と思った。よくよく耳を傾けて聞いてみると、買い物時に付くポイント還元の紹介で、
ポイントカードを作る勧誘のアナウンスであった。カードを作って買い物すれば、
お買い物が出来るポイントが貯まってさらにお得ですよとの文言の言い換えで、
なかなかインパクトのある、言い得て妙な宣伝文句に感心したものだ。
しかしお金を使わなければポイントは貯まらないわけで、ついでで貯まるならともかく、
積極的に貯めるものではないことも確かである。お金を大事にしたいのなら、
使わないに越したことはないのも理で、この場合の”貯まる”には一考の必要があるだろう。
「お金を借りるとお金が貰える」。この話を聞いた時に、私はそんなバカな!と思った。
お金を借りたら利子を取られるのが普通である。仮に100万円借りたとすれば、完済時には
100万円プラス利子を合わせて返さなければ、そもそも貸した方が割に合わないはずだ。
”お金を借りたらお金が貰える”という理屈が通用するならば、借りた100万円を、
それ以下の、元本を下回る返済で済むという話になる。お金の貸し手が損をしてまで
お金を貸す理由があるわけはない。10年ほど前だろうか、藤巻健史(ふじまき・たけし)の
著作の中で「マイナス金利の世界」の紹介があって、その世界の感覚を端的に表したのが
先に紹介した「お金を借りたらお金が貰える」の文言であった。そして今、この一見馬鹿げた
文言が現実味を帯びてきている。実際にヨーロッパの一角、デンマークにおいては、
借りたお金に利子ならぬ利息のような、このお金が貰える状態が出現しているというのだ。
おそらくは毎月の元本の返済額から、この利息と言おうか、マイナスの利子なるものが
差し引かれて、結果元本よりも少ない金額を分割で返済するという、これまでにはない、
奇異な状態が出現しているらしい(但し、これだとお金を貸してもお金が目減りするだけ
なので、苦肉の策として別途貸出手数料なる金額をとって利益を確保しているようだ)。
そして我が国・日本においても、連日の報道でご存じの通り、中央銀行の日本銀行が
この「マイナス金利の世界」に一歩踏み込んだ。初めの一歩はごく限られたマイナス金利の
適用であり、初めての試みに一時的な混乱を伴いつつも、庶民の生活においては
大きな影響を及ぼすものではないだろう。主な報道では「マイナス金利によりお金を預けると
マイナス分の金利が取られる」といった預け側(主に日本銀行にお金を預ける一般の銀行)の
事情を説明しているが、先に紹介したように、マイナス金利がどんどんと進めば、
次第に借り手の事情も今までになかった世界に突入する可能性が高くなってくるのである。
と、ここまで昨今の金融事情とその理屈を聞いて、何か違和感を感じないだろうか?
確かに住宅ローンや車のローンの金利は、やがて限りなくゼロの近づき、場合によっては
時代の幸運と言おうか、マイナス圏に入って得をするかもしれない。しかし理性的および
直感的に”何か間違っている!”と心の中で叫び声が聞こえるのは私だけだろうか?
お金がお荷物になる日
お金はいくらあっても邪魔にはならない。私もそう思う。
お金は世の中のほとんどのものと交換できるし、より多くあった方が生活は楽に豊かになる。
この庶民の感覚は真理である。しかし川上では、どうもこの真理が変わってきているようだ。
日本を代表する大手銀行や、各地の地方銀行、そしてより地域に根ざした信用金庫が
中央銀行である日本銀行に預けるお金に「マイナス金利」が適用されるようになった。
それまではわずかとはいえ日本銀行から利息を貰えたのが、これからは逆に利息を取られる
という形になった。銀行はお金を日本銀行に置いておくとお金を取られる、保管料みたいな
ものを取られるということだ。ただまだ初めの一歩ということで、その支払い保管料は
わずかであり、とりあえずは大きな影響はないであろう。
しかしもしこの日本銀行のお金の保管料がどんどんと高くなっていったら、
よりマイナス金利が大きくなっていったら、銀行たちはどうするであろうか?
私が思うにこのまま日本銀行に管理料を払って我慢するか、それともお金を引き出して、
外の倉庫に保管するという選択肢もあり得るのではないかと思う。一見馬鹿げているように
見えるかもしれないが、貸し倉庫賃料やお金の管理費用に防犯費用、そして万が一の盗難時の
保険料が、日本銀行に預けるよりも明らかに安くなれば、そういった選択をする銀行も
現れるのではないだろうか?ただこの選択は大手銀行にとってはまさしく馬鹿げたこと
かもしれない。余りにも大量の札束に、適した倉庫があるのかということはもちろん、
お札一枚一枚に至るまできっちり管理できるかどうかも現実的ではないからだ。
私がこの話を持ち出したのは、今や銀行にとってお金がお荷物になりつつあるという現状を
感じてほしいからである。お金がお荷物?というと、それこそ最初の庶民の感覚からすれば
馬鹿げた理屈にみえるであろうが、それは今は庶民にとってはタダでお金を預かってくれる
預け先=銀行があるからである。もし銀行たちが我々から預け入れ金額に応じて管理手数料を
取りますといった話になったらあなたはどうするだろうか?あなたはきっと腹を立てて、
銀行に預金の全額を下ろしに行くに違いない。下ろしたお金はドロボーに見つかりそうにない
場所に隠すか、そう易々とは運べそうにない重い金庫を買って、その中に保管するに違いない。
その行動は規模こそ異なれ、先に紹介した銀行たちと同じ選択肢を選ぶということだ。
その時あなたは家の中にある大なり小なりの現金の全財産をどうように感じるだろうか?
お金に囲まれてほっとひと安心するだろうか?それともいつなくなるか、火事で焼失するか、
いやもしかしたらすでに一部なくなっているかもと不安になるかもしれない。
実際にそんな状態になったら、おそらくは持っている人ほど不安の方が大きいのでは
ないだろうか。そんな域に達するとお金は庶民にとってももはやお荷物になると言ってよい。
実際もっともマイナス金利の進んだスイスでは、預金者よりマイナス金利分のお金を
徴収する銀行も現れて、金庫が売れ始めているという。
お金を借りるとお金が貰える時代。そしてその反対にお金を預けるとお金が取られる時代。
つい最近までは「異次元金融緩和」と言われていた世の中が、さらにマイナス金利という
新しい局面になった今、私にはもはやアリスと一緒に不思議の国に迷い込んだとしか
思えないのだ。次回ではここまでしてもなぜお金が動かないのか、その理由を明らかにしたい。
■ 執筆後記 ■
作中出てきた藤巻健史(ふじまき・たけし)氏について語りたい。
2016年現在、おおさか維新の会所属の国会議員
(参議院議員1期生、比例代表当選)である。
藤巻氏との出会いは”本”であり、もちろん直接の面識は無い。
『外資の常識』(2001年、日経BP社 出版)、
『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講座』上・下巻
(2002年、光文社 出版)、
『タイヤキのしっぽはマーケットにくれてやる!』
(2001年、日本経済新聞社 出版)、
『1ドル200円で日本の夜は明ける』
(2002年、講談社 出版)、
『リスク時代の「資産倍増」勉強法』
(2002年、講談社 出版)
の6冊を”買って”読んだ。
上記著作の内、もっともオススメなのが
『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講座』上・下巻である。
為替、金利、国債、金利スワップ、オプション取引について
実際に素人相手に行った講義をそのままに
やさしく解説してくれている。
銀行や生保、資産運用会社など金融機関で働きたいと考えている
学生には最適のテキストとなるだろう。
加えて採用面接では「藤巻健史さんみたいになりたい!」と言えば、
かなりいい印象を与えられるかもしれない。
ただし経済や金融の基礎知識をちゃんと固めることはもちろん重要なので、
学校で、独学で、常に学び取る心構えは必要と考える。
この本ばかり話題に出して、「生兵法は大怪我のもと」
のことわざ通りとならないよう気を付けよう。
外資系企業に興味があるなら『外資の常識』は参考になるだろう。
外資系転職1期生としてモルガン銀行という正に外資系企業で働いた
藤巻氏の体験談や外資系企業の考え方や捉え方が書かれている。
(1985年に日本の信託銀行からモルガン銀行に転職した。
当時の一生奉公の社風にあって異例の経歴と言えるだろう)
「プロでも最安値では買えないし、最高値で売り抜けることは
なかなかできるものではない」という市場売買の現実を知りたいなら
『タイヤキのしっぽはマーケットにくれてやる!』を読むといい。
タイヤキのしっぽが人魚になった藤巻氏の体験談は笑える。
ちなみに私がエッセイやコラムなどの書き物をするようになった
きっかけのひとつも藤巻健史氏である。
知識や経験、話の面白さは同氏にはとても及ばないが、
この程度の文章力でいいんだ!君にもできる!と
自信をくれた人である。
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