旅の空色


2015年 2月号


「シリーズ 誰がために金はある A」

 マンガ「ゴルゴ13(サーティーン)」の一コマ。
”御前(ごぜん)”と敬称される松下元日銀総裁が大蔵官僚(現財務省官僚)に向かって
電話口で怒鳴っている。「いかん。赤字国債はいかんぞ!」。バブル経済崩壊後、
景気底上げのために大型減税を計画するにあたって大蔵官僚がその財源を御前に相談した時の
一コマであった。どうしたわけか私にはこのシーンがず〜と強く印象に残っていた。
そして今、その理由が心に染みてくる。基本、後の世代の人々の生活を担保とする
赤字国債への良心の叫びであったのだと。今、こんなことを言える政治家や財界人は
ひとりもいない。2015年現在、日本は新しい借金(=新規国債)なしでは
国は成り立たないからである。
(上記のゴルゴ13の話は1994年1月、328話目として発表された「オフサイド・
トラップ BEST BANK U」からの抜粋である)

『問題の本丸』

 我が国、日本の問題の本丸、それは「国の借金」である。
「デフレ対策」、「景気対策」、「消費税」、「社会福祉」、「少子化対策」、
「女性活用」、「財政再建」などなど日ごとテレビに新聞にと話題が上るが、
これらすべての問題の根っこは詰まるところ「国の借金」に繋がっていると言っても
いいだろう。そして同時に「国の借金」はもはや抜き差しならぬぎりぎりのところまで
来ている。2014年12月末の残高1060兆円、2015年末にはさらに107兆円
増えて、1167兆円になると見込まれている(財務省の資料)。
日本の国のGDP=国内総生産、国力を表すというお金の使用金額の総和は480兆円
くらいだから、素人目にもいかに不相応な借金であるかわかるであろう。

 最近、資本主義における宿命的な格差問題を提起したトマ・ピケティなるフランス人が
話題沸騰であるが、数年前の2011年に来日したジャック・アタリというこれまた
フランス人が注目を集めたのを覚えているだろうか?このジャック・アタリという人物は
ヨーロッパを代表する賢者のひとりとして名高い人で、前フランス大統領・サルコジ時代に
フランス財政再建のため設立された大統領諮問機関の議長を務め、通称「アタリ委員会」
としてフランスの未来を託された人であった。そのジャック・アタリがわざわざ来日したのは、
彼の著書『国家債務危機』という本が脚光を浴びたからである。オーケストラの指揮も
したことがある、多才ないわゆる天才である彼は、国の財政問題に関する一流の専門家
でもあり、巨額な借金に苦しむ日本においては、ぜひ教えを請いたいという気持ちは
自然な成り行きであったといえる。
 そのジャック・アタリによれば、国の借金を返済する手段は歴史的に見て以下の
8つの手段に限られるという。それは「増税、歳出削減、経済成長、低金利、インフレ、
外貨導入、デフォルト(債務不履行=破産処理)、そして戦争」の8つである。
この8つを眺めてみると、いくつかは日本の今やっていることとピタリと一致してくる。

国はいつ破綻するのか?

 恐ろしい話だが先に紹介した日本の借金の総額を考えれば、いつこの国は行き詰まるのか?
デットラインはどこなのか?と気になるところだ。2000年頃から国の借金に対する
悲観論が出て来たと私は記憶しているが、その後15年経ってもそれが現実になることは
なかった。その理由はお金の貸し手(=国債の買い手)がいたからである。
優良な融資先が少ない、安心してお金を貸せる相手が少ない大手や地方の銀行が仕方なく
利回りの少ない国債をせっせと買っていた。そして一昨年の2013年4月、
銀行の銀行たる日本銀行が異次元金融緩和を宣言し、大量のお金を供給する代わりに大量の
国債を買い上げる行動に移ると、国債は逆に品薄になって引っ張り蛸の大盛況になった。
そんな状況を鑑みると破綻の心配はまずないように見える。なぜならデフォルト(=破綻)は
国債の買い手がいなくなった時に起きるからである。

 「国はいつ破綻するのか?」。この問いに対してジャック・アタリも明確な線引きは
できないと著書で語っている。例えばよく借金とGDPの対比で財政の深刻度が語られるが、
アメリカやフランスなどは現在ほぼGDPと同額の100%であるし、今問題になっている
あのギリシャも170%でありながらも、ヨーロッパ各国の援助の元に財政再建に
取り組んでいる。しかしこれらの事例とは違い対GDP比30%〜50%という
低いレベルでもデフォルトになった国も多い。南米の国々が代表格で、
つまりはよその国から、とりわけ先進国からお金を借りられなくなったためである。
とどのつまりは財政破綻はお金を貸すしっかりしたスポンサーがいるかどうかで決まる
と言えるかもしれない。では対GDP比200%を越す日本はなぜ行き詰まらないのか?
ひとつの理由はよく語られるように1500兆円を越えるという個人金融資産があるから
であろう。銀行の預金を通して個人資産の多くが国債に流れているのである
(特に郵便貯金190兆円の70%超は国債での運用に回っている。が‥さすがに近年の
国債の低金利では利回りが悪いので外国債券などにも少しずつ投資先を変えているそうだ)。
ここまで語るとちょっと安心もできそうな気もするが、財務省が試算した2015年度
1年間で107兆円も残高が増えるのは驚異的でもある。
 ジャック・アタリは財政破綻に至る明確な基準はないと語ったが、敢えて言えばという
形でひとつの目安を示している。それは収入と新しい借金との対比で見ることとしている。
もし新しい借金が収入を上回れば、あとはもうただただ雪だるま式に借金は増えてゆくだけ
という家計にも通じる簡単な理屈である。ちなみに2014年度は税収(収入)50兆円に
対して新しい借金(新規国債)は41兆円。2015年度見込みは税収54兆円に対して
新規国債は37兆円である。円安による輸出企業の業績改善で増えた税収分を新規国債の
発行を抑えることに回したお陰で前年より収入と新しい借金の関係は改善したと言える。
しかし借金の残高は107兆円も増える見込みである。いつか借金の元金の返済に
取り組まない限り、毎年利子が発生し、加えて新しい借金分残高は増え続けるのである。
 本当に日本の借金は改善するのか?次の機会ではジャック・アタリの示した8つの手段を
手掛かりに、今取り組んでいることと、別の手段を考察したい。


■ 執筆後記 ■

 毎月発表する私のエッセイにおいては
旧来の読者より毎度いろいろと感想を頂く。
今回の経済シリーズ・日本の財政の考察、第二弾においても
「感心した」とか「勉強になった」とか頂く中で、
あるご婦人より「難しくてよくわからなかった」という
率直な感想を頂き、私のエッセイにおける試みの失敗を指摘されて、
今回はちょっとへこんでしまった結果だった。
かなり分かり易いように、かみ砕いて論じたつもりであったが、
どうも言葉がまだまだ足りなかったようだ。

経済や金融に感心のない人、
とりわけ全く基礎知識のない人には無理がある
と言い切ってしまえばそれで済む話と言えるが、
あくまでも誰が読んでも分かる文章を目指すのが
私の文筆の大きな目的であり、
先のご婦人のような率直な感想は
自分の力量不足、気遣い不足と
甘んじて受けるところである。

紙面に限りがあるとはいえ、
今後も最大限、分かり易い読み易い文章を求めて
精進してゆきたい所存だ。

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