旅の空色
2010年 9月号
旅の起点
旅行が好きな私の旅行の始まり、そのひとつはテレビ番組にある。
テレビ東京の「いい旅夢気分」(水曜20時〜)や「土曜スペシャル」(土曜19時〜)、
NHKの「小さな旅」(土曜9時〜)に「あさイチ」(8時15分〜。木曜が旅情報)と
暇と取材先に興味があればテレビに食いつくように観ている。そして特に内容のよい時は
放映後の復習も欠かさない。まずはインターネットの地図で現地の地形を模様眺めし、
次に観光協会のホームページで見どころや温泉、名産などを細かく確認して、そして最後には
宿泊先も吟味するといった具合である。まさに明日にでも出掛けられるように下調べするのだ。
テレビの旅番組の他にも時代小説やドラマの舞台地も旅の目標となり、やはり暇を見つけては
丹念に旅行の大筋を計画している。しかしながらそれらの計画はほとんど日の目を見ることはない。
なぜなら旅に出るためにはまとまった自由時間が必要であり、次に嫁さんのご機嫌も伺わなくては
ならないし、そして何よりもお足(お金)の問題もあるからである。まあほとんどは計画倒れの
下調べとなるが、現地の様子をいろいろと知るだけでも行った気になれるものである。
ところで旅行好きな私は旅行について常々矛盾も抱えている。ひとつには毎度”のんびり”
旅行したいと思っているが、旅行に行ってのんびりした試しはないことだ。せっかく外に出た
のだから遠くに来たのだからとあっちこっち見て回っては忙しく過ごしてしまう。
結局予定が詰まって宿に着く頃には夕食の時間が迫り、のんびり風呂にも浸かれない始末だ。
それともうひとつは家に帰って来るとやっぱり我が家が一番だと思うことだ。あれだけ常日頃
あれも見たいここも訪れたいと夢見ながら旅行に出た割には、最後には我が家の狭い風呂に浸かり、
せんべい布団で寝る古巣が一番としみじみ実感するは如何なものか。やはり幸せの青い鳥は
家にいるということだろうか。まあそれでもたまにはいつもの日常とは違う異空間を体験し
気持ちを改めたい私の旅行でもある。
あつみ旅情
山形県のあつみ温泉という地を知ったのはやはりテレビの旅番組であった。そこでは毎朝
小さな朝市が立ち、地元の人々との交流がある姿に心惹かれた。山形の日本海側にある
との紹介だったので、早速にパソコンで調べてみると新潟との県境にほど近く、海添いの国道から
ほんの少し山に入ったところとわかった。しかし埼玉県からの視点では随分と距離のある
行くだけで丸一日かかってしまう場所だったので、訪れることはまずないと結論付けていた。
ところが宮城県の農家の人と小旅行しようという話になってあつみ温泉がにわかに候補地と
なってきた。。宮城県からの視点では山形蔵王〜出羽三山(月山・湯殿山・羽黒山の3つの山が
山岳信仰の対象)〜鶴岡へと観光しながら日本海側へ抜けるのにあつみ温泉は適当な宿泊地と
なってきたのだ。鶴岡の湯野浜温泉の方が翌日の日程には最適だったが、湯野浜は海水浴向きで
あることと、先のテレビのこともあって、少し新潟に寄っているがあつみ温泉を宿と決めた。
私的にはあつみ温泉は典型的な日本の温泉地と写った。山の谷間に川が流れ
山と川の狭い土地に温泉街がある風景で、箱根湯本や鬼怒川、群馬水上に見られる
さらさらと絶えず川の流れる音のする緑の山に囲まれた静かな地である。
ここあつみ温泉のおもしろい特徴のひとつは宿の構図と言えるかもしれない。
毎度旅行の宿選びは熟慮する私だが、ここは大変わかりやすい、はっきりと分かれた構図と
なっていた。昔ながらの温泉街にはほぼ同規模の旅宿が軒を連ねてほぼ同一料金で競っているのに
対し、川の対岸の二軒の旅館は規模の大きさと高級志向で旅人をもてなしていた。
そのうちの一軒は主に個人客向けの高級旅館「たちばなや」、もう一軒は個人も大団体も
オールマイティーに対応できる大型旅館「萬国屋」である。昔の旅情そのままの雰囲気を醸す
温泉街の旅宿もよいが、今回は大きな湯船に浸かりたかったので価格とサービスのバランスを
考えて宿は「萬国屋」と決めた。ちなみに「たちばなや」は離れ風の部屋が連なり
手入れの行き届いた中庭を配した高級旅館であって、呑兵衛の野郎同士の旅行には勿体なく、
何よりも予算オーバーであった。宿代は温泉街の宿1に対して萬国屋が2前後、
たちばなやが2半超というところか。本当は萬国屋も想定予算よりやや高めだったが、
この宿でなかなかおもしろいものを見れて得をした気にもなった。そのひとつは宿が無駄に
大きいことだ。よく言えば遊びの空間が多くゆとりのある造りになっているのだ。
昨今の新築・改築旅館の傾向としては、客室にゆとりを持たせる一方で共有部分を合理的に
且つ広く見せるぎりぎりの工夫をしていると私は常に感じている。そんな時代に最近本館を新築し、
旧館を改装した萬国屋は至る所に遊びのスペースを設けていてとても好感の持てる宿であった。
絵にしたい風呂の景色
お風呂での湯浴びの人々の姿、特に男性のそれは絵にならないものだ(女性の立場から女風呂を
見ればまた同様の意見かもしれないが…)。しかし今回私は生まれて初めて風呂でのある光景に
強い感動を覚えた。それは老人と子供の姿であった。老人の年のころは70くらい、子供
おそらくお孫さんは10才ほどだろうか。老人といっても体は未だ筋肉の衰えの見えない
がっしりした体躯で、子供をしっかりと抱きかかえて湯船の縁で丁寧に愛孫に湯をかけていた。
もうずいぶんと大きな子なのに抱きかかえられて…そうどうやら子供は脳障害があるようだった。
老人はちからのない孫の体をひょいと持ち上げて、子供の顔が湯に浸からないようにゆっくりと
湯船に入った。そして湯を孫の髪にかけては愛おしそうに頭をなでている。私は愛とやさしさに
満ちたその光景に目頭が熱くなった。子供は顔の表情も作れないほど重病のようだが、
きっとあつみの湯を楽しんでいると願った。あまり視線を向けていると失礼と思い私は目を
閉じていつもように湯を楽しみながらまぶたの裏でその景色を描き見つめ続けた。
端から見れば絵に残したいような美しい姿であるが、きっと家族には想像を超える苦労が
あるに違いない。私の母親は2年前に脳梗塞を患って以来左半身が麻痺して思うように動かなく
なってしまった。それでも本人にがんばってもらって毎年夏には家族旅行に連れて行っている。
そして今年は幸運にも宿泊先に母の入れる歩行用の温水プールがあり、水着を着せて水の中を
歩かせることができた。母も体が不便ながらもおっかなびっくり水中散策ができて、また少し
自信が持てたようでとても喜んでいた。常人には普段何気ないことでも障害を持った人には
大きな一歩となることがある。あの老人も愛孫に少しでも多くのことを体験させて
生きる喜びを伝えたい一心なのではないだろうか。目を開くと老人はすでに湯船から上がり
愛孫の体をやさしく丹念に洗ってあげていた。子供は変わらずうつろな顔をしていたが、
私にはとても気持ちよさそうな表情にも見えた。
■ 執筆後記 ■
この時の旅行は友人とふたり宮城から車で出発した後、
山形蔵王大露天風呂でひとっ風呂浸かり、
その近くの広い庭と茅葺き民家の蕎麦屋で昼を食べ、
出羽三山のひとつ、湯殿山(ゆどのさん)に参拝して、
あつみ温泉で旅装を解いた。
湯殿山は20年近く前に嫁と訪れたことがあった。
しかしそれも遠き記憶で、改めて「ああ、こんなところだったか」と
霊験厳か(おごそか)な山伏の聖地に新鮮味を感じた。
嫁と来た時はお付き合いしている最中だったので
景色や雰囲気は二の次だったのかもしれない。
駐車場から専用のバスで登る湯殿山の聖地は
ありがたそうな坊主の頭のような岩があったように
なんとなく記憶していたが、
裸足で自然噴出湯の湧き出る岩場を
参拝することまでは覚えていなかった。
嫁と行った当時はまだ女人禁制の地だったのかもしれない。
湯殿山の他に、月山(がっさん)、羽黒山(はぐろさん)と合わせて
総称「出羽三山」と言われ、2泊3日ほどかけて
尾根伝いに三山を詣でる巡礼ツアーがあると聞く。
ただ私はそれほど熱烈な参拝心はないので
そこまでするつもりはないが、
羽黒山は麓の随神門(ずいしんもん)から山頂まで
1時間ほどの登山ルートだそうで、
樹齢幾許(いくばく)かの木々の静けさの中を
昔日(せきじつ)山伏が歩いたであろう石畳や石階段を
一歩一歩踏み締めながら登って
魂を洗ってみたい気はある。
羽黒山門前には幾棟もの宿坊(しゅくぼう。
=参拝者を泊める専門の宿。
講ごとに泊まる宿坊が決まっている)があり、
各地の講(こう。=神事を行う結社)が定期的に訪れては
御山を参拝し、崇拝の念は未だ盛んという。
関東で言えば八王子の高尾山や
青梅の御岳山、神奈川県伊勢原市の大山というところか。
私にはそのような崇高な志はとても持ち得ないが、
とにもかくにも雰囲気は楽しんでみたいと夢見ている。
湯殿山神社大鳥居。2010年9月友人が筆者を写す。
湯殿山は本殿や社殿がなく、御山自体が聖地(=修験道場)となっている。
大鳥居の右に見える建物はバスセンターと売店および食堂で
ここより専用のバスに乗るか、徒歩で登って御山に詣でる形となる。
御山までバスで5分程度、歩いて30分弱である。
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