旅の空色
2010年 8月号
逃げられない夏のアレ
夏といえば夏休みである。小学2年生の我が子も7月下旬よりいよいよ夏休みに入った。
授業がない=勉強がない、しかも1ヶ月以上もとあって子供たちには昔も今も大のお楽しみの
夏休みである。しかし同時に親たちには大変不評な夏休みでもある。その理由のひとつは
給食がないことだ。お昼時になるとピーチクパーチク声を上げ、あたま数だけご飯の用意が
必要となる。そして何よりも迷惑なのがあの夏休みの宿題だ。本来宿題は先生が生徒に出した
課題である。子供らがハイ、がんばりますと毎日計画的に机に向かってくれればよいが、
ご多分に漏れず我が子もそんな優秀な姿勢ではない。結局は親が進み具合を度々チェックし、
褒めたり尻をたたきながら、ドリルや工作、読書感想文と二人三脚で取り組まねばならない
夏休みの宿題なのだ。まー私も小学生のころはいつもぎりぎりで仕上がるハラハラドキドキの
夏休みの宿題だったので、子供に対してあれこれ言える立場には本当のところない。
大人になってやっと面倒な夏休みの宿題から解放されたと思っていたが、子供が同じ年頃になり、
また同じような思いが待っているとは夢にも思わなかった。人間はどうも夏休みの宿題から
一生逃げられない宿命にあるようだ。今でも時たま単位がギリギリ足りなくて学校を卒業できない
夢を見てうなされるが、夏にはもうひとつ過去の亡霊が蘇るらしい。
カニカニ大作戦!
夏の課題といえば夏休みの宿題の他に昨年の夏より1年越しで抱えているものがあった。
去年の夏に行った千葉・館山の沖の島海水浴場を東京近郊にしては風光明媚、比較的きれいな海
として本エッセイで紹介したが、昔の江ノ島のように砂浜で陸地と繋がった沖の島の一角の岩場に
たくさんの小さなカニがいて、そのカニが岩に無数にある小さな穴にうまく隠れ、
獲物は見えていても全くとれないという悔しい思いをしたことも書いた。
そして次の夏こそはその屈辱を晴らすべく沖の島に再度来ようと心に誓ったエッセイでもあった。
太古の噴火で流れ出た溶岩が海に触れた時、吹き出す水蒸気で出来た岩の穴であろうか、
岩の中で縦横無尽に複雑に絡み合った穴に、その小さなカニたちは自分にピッタリの大きさの
穴を見つけては難攻不落の安住の地としているのであった。落ちている木の枝片などの棒っきれで
穴をほじるだけではラチがあかないのは去年確認済みである。いかにしたらカニどもを
一網打尽にし、人間様の軍門に下せるのか、その夏の課題を私は「カニカニ大作戦」と名付けた。
まずは息子・れんくんにひとりでその方法を考えさせた。すると工作が得意な彼は割り箸の
片隅にひもをくくりつけ、その先にエサをつける釣り竿を作ってきた。ザリガニ釣りそのままの
応用である。同じ甲殻類とは言えそんなに簡単に食いつくかな〜。かなり疑問があるが一案とする。
次に材料として堅めの針金を与えると針金を竿にまた釣り竿を作ってきた。どうもここが彼の
限界らしい。私もいろいろと素案を考えていたが、そのひとつ針金を2本に折りたたんで
丈夫にした軸の先を耳かきのように折り目を付けてカニに引っかかるようにし掻き出す
仕掛けを作って見せた。息子はなるほどと作りを確認すると工作は上手なので同じ仕掛けを
いくつも飽きることなく作り始めた。他にも割り箸の先に針金の引っかけをV時に付けたり、
針金の先を輪にしてカニの体に通すようにしたりと様々な仕掛けを作り出した。
これで準備万端。あとは本番を待つのみとなった。
今年の沖の島海水浴場は少し風が強いがちょうどよい雲がうっすらかかり、
日差しの柔らかな天気に恵まれた。去年同様ここには友人とそのお嬢さん(9才)、
そして我が息子の4人できたが、まずは海水浴でひと遊びする。近年温暖化の影響か東京近郊の
海水浴場は早くからクラゲが出るそうで、しかも猛毒のものも珍しくはないと聞く。
泳げないふたりの子供にそれぞれ親が付き添いクラゲを警戒したが、どうやらその日は心配ない
ようだった。浮き輪の子供に水中観察用の筒で海中を覗かせると時折小魚が見えて夢中で
追いかけた。そしてなんと人魚にも遭遇。少々小太りの人魚だが子供たちには大ウケだった
(潜水の得意な私が潜ってサービスしたのであった)。
そしていよいよ海水浴のクライマックスを飾るカニ取りの時間である。岩場に向かうと…
今年もいるいる、たくさんのカニを相手に多くの家族連れが賑やかに格闘していた。
「ちっとも捕れないよ」「棒でほじくってもだめだね」などと戦況の悪さを伝える声が漏れる。
ふっふっふっ、どうやら皆ここの浜は初心者のようだ。「れん!行くぞ」とたくさんの秘密兵器を
手に岩の穴に隠れたカニに挑む。引っかけ棒を手術の道具のように何本も穴に突っ込み、カニの
退路を断って引きずり出す。次々と面白いようにカニどもは虜の身となった。大漁そして
大勝利であった。周りの家族を圧倒し、我らのバケツには羨望の眼差しが注がれた。
子供たちは捕まえたカニを全部持ち帰りたいと言うが、どうせ持ち帰ってもすぐ死んでしまうのは
目に見えている。無益な殺生をしないよう諭し、お気に入りのを2匹ほど選んで後は海へ帰して
あげた。帰りの車ではバケツの中の戦利品を覗いては子供たちの満足げな笑いが満ちていた…
とその時、車がカーブを曲がった時バケツが子供の手から落ち車の床に海水とカニが投げ出された。
車を大事にしている友人はカニの如く口を”忍”の一文字にしてせっせとマットを拭いていた
(しばらく気まずい雰囲気に包まれる)。
いいところ見つけました
海水浴の後は砂や塩水の付いた体をきれいに洗い流したいものである。去年は館山市内にある
いわゆる流行のスーパー銭湯を利用したが、設備が立派な分、料金が高いのが難点であった。
そこで今回は友人が調べてきた公共の宿の日帰り入浴を利用することにした。
沖の島から洲崎の岬に向かって車で走ることおよそ10分、休暇村「館山」という公共の宿がある。
さすがにスーパー銭湯ほど広い浴場ではないが、脱衣所も浴場もこざっぱりした清潔な雰囲気で、
内湯と露天風呂があり、ゆったりと湯に浸かるには十分な広さがあった。とりわけ特質すべきは
風呂からの眺めで、天気がよければ東京のビル群や時には富士山まで望める絶景である。
公共の宿というと古びた簡素な作りのイメージがあったが、ここは施設全体が白を基調とした
すがすがしく洗練された建築で、目の前には監視所付きの海水浴場もあり、プライベートビーチを
備えたビーチホテルといった趣の公共の宿であった。友人や子供たちもすっかり気に入り、
この次は泊まりに来たいと語り合った休暇村「館山」であった。
(休暇村「館山」について少し補足すると、トップシーズンは1泊2食付き1万3千円ちょいと
公共の宿にしては少し高いかもしれない。ちなみに通常シーズンは1万円前後である。
部屋もちょっと覗いたが、一般的な民間ホテルよりは少し小ぶりにみえた。
しかし地元の新鮮な地魚が自慢なバイキングや施設の内容からすると割安ではないだろうか。
やはり人気があるらしく、週末や海の季節は予約が取りにくいそうだ)。
※紹介した宿代は2010年8月時点のものです。
■ 執筆後記 ■
カニは息子の手にある大きさのものが
後に見える岩の間にうようよいる。
ただ引っ掛け棒がないとなかなか獲れないので
予め何かしら準備をしておいた方が子供ウケもいい。
今回、休暇村「館山」を日帰り入浴ついでに紹介したが、
そのちょっと先の『ホテル洲の崎 風の抄』は
利用したことがある。
高めの旅館であるが、値段の割には
新鮮な魚介類がふんだんに出されて
私にはお得感があるように感じられた。
「これまで泊まった宿 紹介」のコーナーにあるので
参考になれば幸いである。
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