旅の空色
2014年11月号
(あげろォ!あげろォ!あげろォゥォゥ!)
全精神を込めて念じていた。目は見開き、目玉がやや飛び出ている様であった。
両目は熱く一点のみを見つめ、強く念を送っていた。その一点とは息子の右手であった。
しかしその右手が挙がることはついになかった。算数の授業の終わりを告げるチャイムが
鳴り響いた。
本日の当番の号令一下、生徒全員で先生に一礼をした後、授業から解放された安心で
ざわめき立つ生徒達の中から、私は息子を人差し指でクイックイッとばかりに呼び出した。
(なんだよう)っと言った感じで、みんなの前で恥ずかしいとばかりの目配せで
息子がやってくる。「何で手を挙げないんだ!算数の答えがわからなかったのか?」と
小声で問い詰めると、「分からないんじゃないけど‥、恥ずかしいんだもん」と息子が返す。
(チッ!!全くサービス精神のないヤツだ。せっかく俺が見に来ているというのに、
いいところのひとつでも見せてみろ)との気持ちを込めて半ば呆れながらも睨み付ける。
「まあ、算数はいい。次の国語はわかっているだろうな。絶対に手を挙げて
答えるんだぞう。俺の努力を無駄にするな」と目で厳しく威圧し、念を押した。
息子は困ったような呆れたような複雑な顔で、遊びで盛り上がる友達の輪に帰って行った。
次の国語の授業の課題は宮沢賢治の「やまなし」であった。宮沢賢治と言えば、
ずっと前にこのエッセイでも紹介したことがあるが、太宰治同様に研究した対象であった。
彼の創作した数々の物語はもちろん、伝記2冊、研究書2冊に目を通した末に、
さらに彼の生地、岩手県花巻市まで足を運び、「宮沢賢治記念館」や「宮沢賢治童話村」を
訪れて、そして花巻市内にも賢治の足跡を求め、ゆかりある台温泉(だい)や
「銀河鉄道の夜」のモチーフとなった釜石線(旧岩手軽便鉄道)まで乗車してきた
熱の入れようだったのである。と熱く語ったが、宮沢賢治に陶酔しているわけではない。
このころの私は一度一人旅をしてみたいと画策していて、その白羽の矢が立ったのが
宮沢賢治と絡めた花巻市であったのだ。旅先はよく下調べするという私の旅行スタイルの
延長上にあったわけだ。それはともかく正に、正に、私のテリトリーであったのは違いない。
宮沢賢治の「やまなし」と彼の生涯について国語で扱うと息子に聞いた時から、
週末時間を作っては息子を捕まえて教科書を一緒に読み込んだ。私の知っている限りの
宮沢賢治のエピソードを語って聞かせた。それらの私の特別講義は、息子が十二分に
予習して、自信を持って授業に望めるようにとの配慮であったのだが、
まさかちょうど授業参観と重なるとは思わなかったのだった。正に千載一遇、好機到来、
見せ場の舞台作りはすべて整っていたのだ。あとはただただ右手を挙げるだけである。
いや、もはや息子ばかりの問題ではない。「俺の努力を無駄にするな」ときつく言い付けた
通り、宮沢賢治について研究し、少々自負がある私のメンツも掛かっているのだ。
遊び呆ける息子の双肩に、その責任の重みを私の両目を通して送りつけた時、
国語の授業の開始を知らせるチャイムが鳴り響いたのだった。
自分の席に着くと、息子は振り返って私を見て、開いた手を横に振りつつ、
唇で言葉の形を作って送ってきた。「無理」と言っていた。手を挙げるのは無理との
サインだった。すでに敬遠のサインかと呆れてしまったが、もはや授業は始まり、
教室内は先生の神聖な空間に支配されていた。息子は目の前に居ながらも、すでに
手の届かないところにいたのだ。私に出来ること‥、後はただただ念を送ることだけだった。
宮沢賢治の「やまなし」は賢治の初期の童話作品で、読み易い短い物語である。
山の沢の川の中でカワガニの兄弟が水底から世界を見上げる話。揺れる川面から降り注ぐ
色とりどりの光の柱の中で、生きとし生ける物の掟を知り、季節の美しさに触れて、
カニたちが成長して行くという小さな世界ながらも色鮮やかで豊かな物語である。
そのクライマックスに登場するのが野性の果実「やまなし」だ。川に落ちた熟れた
やまなしは水の中いっぱいにその香りを漂わせる。まるで物語の読み手にも匂ってきそうな
賢治ワールドを作り上げているのだった。そのやまなしについて書かれた箇所を
拾い上げるのが先生の出した課題であった。生徒みんなに思い思いに見つけた文章を
ノートに書かせた後、挙手による発表の時となった。
「発表できるひと〜」と先生が挙手を求めると数人の手がさっと上がる。いつもの面子だ。
私の小学校の時もそうだったが、こんな時に堂々と手を挙げられる子供の相場は決まって
いるものだ。しかも一番に指された子には、やまなしが川に落ちた時の音の
「『トブン』です」と簡略ながらも一番おいしい答えを持っていかれてしまった。
スポーツもできて、勉強もできて、女の子にも人気のある子である。
(くぅ〜!あの坊主にまたやられた〜!)私は心の中で怒りと失望が渦巻いていた。
昔から必ずクラスにひとりいるよくできる子。羨望が転じて憎くなる相手だ。
(我が息子は何をしている!)と改めて確かめると、机に肘をついて結んだ拳の上に顎を乗せ、
じっと事なかれ主義を決め込んでいた。今にも私の両目からレーザー光線が出て
息子の尻に火を付けて、飛び上がらせるような目力でその後ろ姿に視線を浴びせかけた。
と同時に(あげろォ!あげろォ!あげろォゥォゥ!)と念力も送り続ける。
すると息子がちらっと後ろを振り返り、びっくりした顔を表した。私の鬼のような形相に
圧倒されたに違いない。しかしそれでも手は挙げる気配はなかった。
私の燃えたぎる熱き思いとは裏腹に、次々と答えが陥落してゆく。嗚呼、今回もダメだあと
思ったその瞬間、さっと息子の右手が挙がった。手を挙げている生徒は数人いたが、
先生は迷わずに我が息子を指名した。息子が手を挙げたのが珍しかったためか?
いや、おそらくは先生も私が息子に注ぐ強烈なビームに圧倒されての指名だったに違いない。
父兄は私の他にひとりしかいなかったし、私の気持ちは見え見えだったのだろう。
心なしか先生の目は笑っているようにも見えた。息子の答えは当たり障りのないものだった。
息子の答えた通り黒板に書かれてそこで終わった。私は少々拍子抜けしつつも、
やがて6年間の思いがふつふつと湧いてきた。やっと息子がまともに答えた。
初めて息子のその姿を見ることができた。授業参観に通うこと5年と半年目にしてであった。
私の心はただひとりで、まるで香るやまなしのように、教室中にうれしい気持ちで
いっぱいになったのだった。
■ 執筆後記 ■
2014年2月のエッセイ
『本を読め』の執筆後記で決意を語った
息子との読書二人三脚。
あすなろ書房発行、松田哲夫編集の
「小学生までに読んでおきたい文学」全6巻、
短編を中心とした86編の小説も
残すところ6巻目のあと6編だけとなり
いよいよ目標達成が見えてきた(平成27年2月15日現在)。
中には難しい漢字や表現で
これが小学生向け?といったものもあったが、
何とか我慢強く読ませてきた。
こう一通り読ませて見ると
息子の弱点も見えてくるものだ。
その一つが時系列である。
話が途中から過去の回想になったり、
また現在に戻ったりする分岐点が分からずに、
皆同じ時間軸で読んでしまうのだ。
馴れもあるだろうが、想像力、空想力の足りなさが
心配されるところである。
まあそれにしてもよく読み切ったと褒めてやりたい。
この読書会は毎週土日の午前と午後、
「パパ塾」と称して基本4話ずつをこなしてきた。
学習塾には行きたくないというので
その代わりのパパ塾である。
だがよくよく考えれば結構な勉強時間となるわけで、
そこら辺りの計算ができないのが子供である。
息子の読解力の低さに苛立つこともあったが、
同じ小説を真ん中に置いて相対した時間は
毎度楽しいものであった。
息子に中学生になってもこのパパ塾を続けてもいいかと
提案するといいよと快諾してくれた。
思春期を迎えていつまでついてくるかわからないが、
春からも時間を作ってはパパ塾を開くつもりである。
テキストは続けて
あすなろ書房発行、松田哲夫編集の
「中学生までに読んでおきたい哲学」全8巻の予定。
短編小説を元に哲学を考える試みらしい。
私も最近ちゃんとした哲学書を読む必要を感じている。
残りの人生の基軸がほしいのだ。
今春から息子と共に哲学1年生として入学である。
2015年1月2日の皇居一般参賀の時の写真。参賀会場の宮殿前にて。
息子は皇居のお山に登るのを嫌がったが、
我が家の年中行事の一環だからと無理無理引っ張ってきた。
そろそろ自己主張するお年頃である。
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