旅の空色


2014年 8月号




『私にできること』

 私は焦っていた。そして悩んでいた。私には何ができるのか。
何をしてあげられるのか。息子・れんに対してである。
気が付けば今年、息子は小学6年生であった。来年は早、中学生ということだ。

 のびのびと育ててきた。のびのびとはここでは「のんびりと」と「すくすくと」
という意味である。おかげで背丈は平均より頭ひとつ大きいといった具合で、
ひょろひょろと縦に伸びた。私は息子に「もやし」というあだ名を加えた。
背は順調に伸びたが、成績は6年間目立って伸びなかった。ここが最初に挙げた
悩みの根である。「中」の「中」といった案配だ。成績を上げるために
塾にでも行ってほしかったが、本人は全く乗り気ではなかったので、
嫌なことを無理無理させても結果は伴わないだろうと本人の気持ちを尊重してきた。
そして今、あと半年で中学校の門をくぐるという時を迎えて、私は焦ってきたのだった。
振り返れば結構長いと思われた小学生の6年間もあっという間だった。
いわんや中学生の3年間などさらに短いだろう。加えて中学3年生になった途端、
高校受験という人生で最初の大きな関門が目の前に立ちはだかることになる。
このままの調子でのびのびとしていては、息子はきっとその壁の大きさに苦労するだろう。
今のそんな状態の息子を私は「のびのびた(野比のび太。言わずと知れたドラえもんの
主人公の名である)」とも呼んでいる。
 なにかいい薬でもあればいいのだが、そんな安直なアイテムなどあるはずはない。
また昨日までの駄馬が今日から駿馬に変われるわけでもない。だいたい息子を見ていて
私の小学生の頃にそっくりなのが気にくわない。恥を忍んで告白すれば、私の方が
息子より少々成績は悪かった。その過去の自身の立ち位置から計算すれば、2年後3年後の
着地も自ずと見えてくるというものだ。ここら辺りで息子の姿勢が変わらない限り、
やはりカエルの子はカエルということになる。私はその連鎖を断ち切りたいがために
常日頃から息子には「俺はお前の本当のお父さんじゃない」と言い続けている。
すると息子は「僕はママ似だからね!」と小賢しく返してくる。

 何かいい方法はないかと日々考えあぐねていた時、ある新聞広告が目に入った。
聞き流すだけで頭が良くなる!毎日5分付けるだけで頭の回転が速くなる!
お預かりすればあなたのお子さんを変えて見せます!そんな派手な広告ではなかった。
もっと地味なもの、あすなろ書房出版、松田哲夫編集の「小学生までに読んでおきたい文学」
という本の小さな広告だった。松田哲夫なる人物が如何なる人かは知らないが、
”小学生までに読んでおきたい”ということは、少なくともこの本に紹介される文学は
”小学生のうちに読むべきだ”と言っているに等しいと私は解釈した。
そしてこの本さえ読んでおけば、”小学生の内に読むべきものは読破したことになる”とも。
早速に私は藁をも掴む気持ちで、一筋の光明と信じて、南無八幡大菩薩と唱えつつ、
この本を取り寄せたのだった。

最後の二人三脚

 その本は松田なる文学編集のプロがテーマごとに集めた短編集であった。
6つのテーマに分かれて6冊の本となっていて、私は第一巻の「おかしな話」という
短編集をまず一読した。14編ある短編のうち、私が知っていたのは宮沢賢治の
「猫の事務所」とフランスの作家が書いた「長靴を履いた猫」だけだった。
息子に小学生のうちに最低限読んでおくべきなどと考えながらも、14作中2作しか
自らも知らないとは、己の未熟さをも痛感させられた。と同時に息子にはやはり読ますべきだ
と改めて強い思いが湧いてきた。小学生相手に紹介する文学ながらも、
中には芥川龍之介の「酒虫(しゅちゅう)」があるなど、なかなか本格的な本でもある。
果たして読書初心者レベルの息子に取り付く島はあるのだろうか?
私は自らの理解を高めるべくその本をもう一読した後、息子を呼んだ。そして相変わらず
のびのびと間延びした顔の野比のび太を相手にこう話を切り出した。
「お前ももう小学6年生だ。来年は中学生だ。従兄弟のたっくんを見ていて分かるように
勉強もますます大変になるだろう。だからと言って急にお前の頭が良くなるわけでもない
(ここで息子は”うんうん”とニコニコと応えていた。その様子もまるで野比のび太だ)。
そこで小学6年間の締めくくりに俺がお前に課題を出したいと思う。
取り寄せたこの本を読むのだ。ここには小学生のうちに読むべき小説が詰まっている。
今は1冊しかないが、全部で6冊もある。大変な道のりだが、俺も読んだことのない
小説ばかりなので一緒に勉強しないか?俺も小学生に戻って勉強をやり直すつもりだ」と。
息子はしばらく考えていた。今年高校受験で大変なたっくんのことを思い出していたのかも
しれない。それとも自分の今の力量を勘定していたのかもしれない。ただ、しばらくした後、
吹っ切れたように「OK」とだけ言った。
 それから息子との二人三脚が始まった。まず息子に2週間ほどの期限を決めて、本を
さらっと一読させた。その後1日1話ずつ読み返させて、10分ほど私と本の内容について
ディスカッションするのだ。こう書くとなんか密度の濃い内容に見えるが、読書初心者の
息子は文字を追いかけるのがやっとで、内容のくみ取りが浅く、とても議論にはならない。
今のところ息子の興味を惹くよう、物語の所々にスポットを当てては話を膨らませて補完して、
何とか手綱を操っている感じだ。正直とても忍耐のいる作業である。しかしここは我慢のし所。
思春期を目前にして、おそらくは息子との最後の二人三脚となるからだ。

 最近の携帯電話は便利なもので、基本家族間の通話は無料である。だから息子が嫁と一緒に
仙台に帰省した時にも、毎日電話を掛けて本にある短編小説について議論することができた。
相変わらず読み込みが浅く、小説の内容説明でさえも毎度落第点であったが、ある時突然
電話越しに見事に綺麗に完結に内容説明をしてみせた。いぶかしく感じた私は、
今の説明はお前の頭でまとめたものでないなと問い詰めると「そんなことないす」と
短編の題名を使ってとぼけて返してきた(アメリカの詩人、ジェームズ・ラングストン・
ヒューズの短編)。「息子め!ついに見つけやがった」と直感した私は本の最後にある
あとがきから読んだのだろうとさらに詰問するとやっぱりだまりこんだ。
こういう小ずるいところも昔の私にそっくりである。


■ 執筆後記 ■

「いやなことはさせたくない」
私の経験からくる教育方針である。

私は小学生の頃、なかなかの出無精で、
それを心配した母親が家から出そうと
「野球」か「ピアノ」に通うことを強要した。
「ピアノ」は当時、女の子の習い事という
イメージが強かったので、
私は仕方なく地元の少年野球に入ることになった。
当時はプロ野球、とりわけ読売ジャイアンツが
圧倒的に人気のある
少年達のあこがれの時代であったが、
私はさっぱり野球には興味がなかった。
第一もともと運動神経が悪く、
スポーツが苦手だったのである。
案の定、野球の水に馴染めず半年で止めた。
それ以来、興味のなかった野球は今度は憎悪の対象となった。
母の薬は転じて毒となったのだ。
その経験から息子には
一応誘うことはあるものの、決して強要して
塾や習い事をさせるつもりはなかった。

「もしどうしても必要なことがあるならば、
親が手本をみせて教えるべき」
というのも先に挙げた教育方針と
双子の方針である。
自分ができないことを
子供に強要するのはおかしい
という素朴な理屈からきている。
手本を見せられないならば、
親にとっても未知の領域ならば、
一緒に学ぶような姿勢でもいいだろう。
学ぶ姿勢、それだけでも立派な手本である。

だいぶ偉そうに語ってしまったが、
上記ふたつの教育方針を元に
紹介したのが今回のエッセイである。
息子に提案し、一緒に学ぶ姿勢を示し、
一応本人の納得の元に行われているということだ。
10月現在、6冊中3冊目に取り掛かっているが、
相変わらず文章の読み込みが浅く、
私としては内心失望することも多い。
しかし大きな成果は出なくとも、
文章に少しでも親しみを持ってくれれば、
成功と言えるだろう。
息子にはこの先、否応なしに
嫌でも、難しくても、大変でも、
学ばなければならないことがたくさん出てくる。
その時、今回の試みが少しでも助けとなったら‥、
何かお返しをして貰わねばなるまい。

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小さい頃はこんな風にお勉強の姿勢を示したものだが‥。
(2004年11月、1才3ヶ月の頃)