旅の空色
2014年 6月号
妖怪メダルを探して
「妖怪メダルほしいよ〜」最近そう言い続けていた。
”妖怪メダルって何だ?”と嫁に聞くと、ゲームで使うアイテムらしい。
”また新しいものにはまりやがった”私は心で舌打ちをした。ついこの間までは
カードを集めるカードバトル。その前はポケモンのミニフィギアを集めるポケモンバトル。
集める形は違えども、毎度毎度ほぼ同じパターンでまんまとおもちゃ屋に釣られて、
おもちゃ屋には正に「毎度あり〜」といった具合のいいカモの息子に呆れるばかりである。
そして嫁の話ではその妖怪メダルとやらは今すごい人気で、まったくお店に入って来ない
そうなのだ。つまりは息子と同じように毎日念仏を唱えている子供がうようよいるらしい。
その一連の話を聞いて私は一計を案じた。五月の連休中、商売の関係で息子を全くかまって
やれなかったので、連休最後にその妖怪メダルとやらを東京に一緒に探しに行こうと
考えたのだ。なんかとても親切そうに見える提案であるが、実は私なりの計算というか、
裏があった。近隣のイオンやトイザらスに全くないという代物である。しかも持っている
子供はほとんどいない。だから東京でもそう易々とあるはずはないのだ。
では真の目的は?というと私の買い物に付き合わせるためである。ちょうどほしい
パソコンソフトがあるので秋葉原のヨドバシカメラに連れて行く口実としては良かったのだ。
ちょっと電車で出掛けて、おもちゃコーナーをうろつかせて、昼飯食わせて帰ってくれば
安くつくというものだ。そんな裏の事情を露とも知らず、息子はすでに妖怪メダル獲得を
確定したかのような大喜びであった。「パパ〜、大好き!」と150cmの体が
すり寄って来る。「気持ち悪いからやめろ!」と一喝した。
さて当日、私は初めて開店前のヨドバシカメラの入り口に並んだ。並んだといっても
50人程度だろうか、開店を待つ客の塊に加わっただけである。取り立ててその
妖怪メダルを求めて来た客がいるわけではなく、まあいつもの開店風景なのだろう。
ただいつもと違って朝早く電車に乗ってわざわざ開店前に着いたのは、私もその
妖怪メダルを獲得するために努力しているという心意気を示すジェスチャーでもあった。
やがて開店となり、一番のエレベーターに乗っておもちゃの階で降りるやいなや、
息子は売り場めがけて彼の最高の速さで走って行った。と、5分後、私の正に想像した通り、
両肩をだらんと落として、とぼとぼと帰ってくる。結果は聞かないでも分かる。
私は心の中で大笑いしていた。「もう7時に売り切れちゃったって」と息子は言う。
どうやら今日の入荷分はすでに早朝より親子連れの列ができていて、7時の時点で
完売したというのだ。そんなんじゃ勝負になるわけがない。
「じゃあ俺は用事済ましてくるから、お前はおもちゃ売り場で適当に遊んでいなさい。
知らない人について行くんじゃないぞ」と言い残して、私はパソコンコーナーへ向かった。
すべて予定通り、想像通り。私はゆっくりと思い通りの買い物ができた。
え!?息子一人で大丈夫かって?携帯用ゲーム機DSを持っているので、新しいゲームの
体験版を試したり、すれ違う人と通信したりと、このヨドバシでしかできないことで
息子なりに大忙しである。
まさかの大逆転劇
10時半過ぎ一通りの用事が済んだ。おもちゃの階に息子を探すと、その妖怪メダルの
関連商品の前でじっと見入っている。「なんだ?これでいいのか?」と聞くと、
首を横に振った。おまけ的な関連商品じゃなく、やっぱり本命の妖怪メダルがほしいらしい。
1時間ほどの間、妖怪メダルの断片でも求めて、この売り場をさまよっていたかと思うと、
その息子の後ろ姿を想像すると、息子が気の毒になってきた。
「じゃあ、もう一軒探してみるか?」と息子に聞くと、パッと顔が明るくなって
うん!とうなずき返してきた。「だけどもう時間も時間だから望みは薄いぞ」と忠告したが、
それでもいいと言う。さて次の店はと思案を巡らした。秋葉原界隈の中小のお店では
あるところにはあろうが、プレミアムが付いて、下手すれば数倍の値段で取引されている。
有楽町のビックカメラのおもちゃ売り場も充実しているが、ヨドバシがこの状況なら
似たり寄ったりで結果は見えている。そこで一分の望みを託して銀座8丁目の博品館に
行ってみることにした。秋葉原より山手線で新橋下車で数駅だし、あそこは
変わったおもちゃも揃っていて、息子の慰みにもなるだろうと考えての結論だった。
博品館に着くないなや、息子は売り場の4階を目指して彼の持つ全力で階段を駆け上がって
行った。と、30秒もしないうちにどどどっと降りてきて、「パパ大変!」と言うと、
私の手を引っ張ってまた階段を上がって行く。そして3階で列の最後尾に並んだ。
「これから入荷するんだって」と息子は興奮気に語る。どうやらこどもの日ということも
あって、博品館も頑張ったらしい。どんなものが入ってくるのかと店員に探りを入れると、
息子のほしいメダルのセット2種類に加えて、それらをファイリングする専用の
メダルケース2種類、そして腕時計型のおもちゃの合計5種類で、一人1点ずつ限りという。
その中でメダルセット2種類がほしいと言っていたので、5千円を渡して釣りは返せよと
言って立ち去ろうとすると一緒に並んでくれとせがまれた。私個人は興味のないものに
いつまで付き合って突っ立っていなければいけないのかと、少々不満にも思ったが、
まあ子供の日でもあるし、仕方ないと少し様子を見ることにした。
すると間もなく入荷したとの報に続いて、列はするすると螺旋階段を上に動き始め、
やがて4階のレジ前に行き着いた。レジの若くかわいらしいお姉さんが息子に
「何になさいます?」と訪ねると、息子は私の方を向いて、小声で「全部いい?」と
聞いてきた。”ぜ、ぜんぶ‥”と内心思い、この場で聞くのかあとも思った。
後ろには待っている人もいるし、ここで口論している暇はない。
息子にもう一度よく考え直させるチャンスとして、「本当に全部ほしいのか?」と
切り返すと、満面の笑顔で「全部ほしい」ときっぱり言い切った。もう逃げ場はなかった。
私は「全部1セットずつください」とその若い女性に告げると、
「1万700円になります」と請求が‥。「いちまんななひゃくえん」私は心の中で
復唱した。まるで盆と正月とクリスマスが一緒に来た様な金額じゃないか!
十分に足りると思って1万円札は出していたのだが、心で泣きながらもう一度財布を探って
千円札を店員に手渡した。大金持ちと貧乏人が立場を大逆転する物語があるが、
その日私は正にその心境を味わった。策士策に溺れるとも言える。
■ 執筆後記 ■
上記の話は脚色のないすべて実話である。
なんと幸運だったことか(私には不運と言えるが)。
私たちが妖怪ウオッチの商品を一通り買った直後、
メダルケースの販売数終了を知らせる声が上がったので、
正に間一髪、その点も幸運であった。
後に並ぶ親子連れにはちょっとした優越感も味わえた。
高い代償の末でもあるが‥。
この5月の時点では、妖怪メダルをセットで持っている子供は少なく、
しばらくの間息子は鼻高々であったようだ。
しばらく距離のあった友達たちからも
見せて欲しいとの声が掛かっていた。
但し、家から持ち出して友達に見せたり貸したりしていると、
無くなったのなんだのとトラブルが起きる可能性があるので、
嫁には玄関から外に出すことを禁じられていた。
その結果、我が家の玄関は暫時、息子の友達たちに
占拠される事態となった。
嫁は毎日玄関を掃除する羽目になった。
この手の商品は時間とともに価値が下がるものである。
需要に応じてさらに供給されるし、新しいメダルも出て
既存のものは陳腐化するからである。
いずれおもちゃ箱の底の方に
乱暴に放り込まれる運命というわけだ。
それにしてもこの「妖怪メダル」、
私から見れば実に安っぽい造りである。
くっついているQRコードにこそ価値があるのはわかる。
しかし1枚100円も取る割には
どう見積もっても原価はたかが知れている。
これじゃあ、私のお金は浮かばれない。
そこでいい使い道を思いついた。
我が家の家内流通通貨に認定したのだ。
使い道はこんな具合。
例えば、息子がパソコンのよりよい使い方を聞いてきたら1枚、
宿題の手助けを求めて来たら2枚、
忘れ物を取りに学校まで車で付き合ったら1枚
といった感じ。
当然息子は初めはメダルを渋るが、
背に腹は替えられず、だいたい交渉に応じてくる。
そしてとても良いことをした時に
報償として返してやるのである。
ただ、滅多に良いことはやらないので
貯まる一方であるが‥。
また、私が持っているメダルがゲーム上で必要になると貸してやり、
利息にまたメダルを取ったりもしている。
世の中甘くはないのだ。
嫁がほしいものがあるといった時、
これで買いなさい妖怪メダルを渡したが、
ふざけんな!と突き返された。
こちらも甘くはないようだ。
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