旅の空色


2012年11月号




山形・秋田への旅

盲点

 山形へ行かなければならなくなった。いや、正確に言えば山形と秋田へ行かなければ
ならなくなった。”行かなければならなくなった”などと受動的で義務的で消極的な
表現で、自称旅好きの私には適さない書き出しであるが、実際あまり乗り気ではなかった。
正直に言うといずれも遠いのだ。面倒くさいのだ。しかも山形と言っても日本海側の
庄内・鶴岡であり、秋田も青森県境の北秋田市というこれまた辺ぴな僻地である。
現実に住んでいる方には怒られてしまうだろうが、埼玉からはアクセスしにくい土地である。
しかしお米の商談にあたって一人二人では心許ないと同業者の先輩から私に三人目の
白羽の矢が放たれたのであった。避ける隙もなく‥。
 このエッセイにおいては3年前くらい前に鶴岡近くのあつみ温泉に一泊した話を
紹介したが、その時は旅の起点が山形隣県の宮城であり、奥羽山脈と出羽三山を
観光しながら越えれば鶴岡に至るちょうどよい距離のコースであった。その時に
エッセイでも指摘したと思うが、埼玉から考えればよっぽどの覚悟と気合いがない限り
訪れそうにない土地と書いた。そして実際その覚悟が必要な時となったのだった。
後ろ向きな姿勢ながらも、行くと決まれば大好きな旅行である。早速に私は旅の青写真を
私なりに描き始めた。変わり身の早さに唖然でもある。
 旅慣れた私の青写真では朝8時前の上越新幹線で新潟まで移動。そして一度乗ってみたい
と思っていた新潟発山形・酒田行きの観光快速列車「きらきらうえつ」で美しい日本海を
観光用特設ラウンジから眺めながら移動し、12時半ころ鶴岡に到着。
2時間ほどの商談後鶴岡で一番の観光名所「加茂水族館」で名物のクラゲの展示を友人に
見せて目を丸くさせ、その日は湯野浜温泉でこれまた美しい日本海に沈み行く夕日を
露天風呂から見てまたまた友人の目を丸くさせ、日本海の海の幸と山形の地酒で
今度は舌を巻かせると言った具合。次の日はレンタカーで220kmの道のりを
国道7号線で北上しながら途中山形・秋田県境にかほ市の象潟(きさかた)の眺望に感心させ
秋田市を抜け、バスケットボールで有名な能代工業高校のある能代市を抜けて昼過ぎに
北秋田市に到着。商談後さらに北上し、一度見学してみたいと思っていた新青森駅近くの
三内丸山遺跡を訪問後、レンタカーを新青森駅で返して東北新幹線「はやぶさ」に乗り、
2時間50分の早さで大宮駅着といった計画を立てた。
 後日早速に友人にこの壮大な計画を語ると年長者が一言。「飛行機がいいんじゃないの?」
飛行機???全くの盲点であった。大体地方空港の中には便数が少なくて朝夕の便がある
時以外は空港施設の消灯をしているところもあると聞く。それに飛行機での移動といえば
北海道や九州、沖縄などおよそ遠距離が中心の交通手段である。確かに便が悪い地域とは
いえ、同じ東日本に属する東北6県に飛行機で移動するなど考えもつかなかった。
そして何よりも飛行機は料金が高いのだ。とりわけ競争のない地方路線はそうと頭にあった。
そう一瞬に思ったが、そこは年長者の意見でもある。これまた正直面倒くさいが
私は再度旅の計画を練り直すことにした。

西村京太郎的展開

 飛行機での移動を考慮して改めて計画し直してみると意外な結果となった。
僻地と思われた鶴岡および北秋田市、いずれも訪問しても日帰りで帰って来られるのだ。
朝7時前の羽田発山形庄内空港行きの便で8時前に庄内着。レンタカーを借りて
8時半過ぎには鶴岡の商談先へ。2時間の商談後に国道7号線を北上、象潟見学後
そのちょっと先の金浦(このうら)まで日本海東北道という高速道路が延びていて
秋田市に向けて爆走。八郎潟や能代を抜けて、この便利な高速道は北秋田市の目的地手前
10kmまで延びていた。2時過ぎには第二の商談先に到着し、その後すぐ側の
大館能代空港で夕方6時過ぎの羽田行きに乗ればその日にとんぼ返りできるのである。
一日の移動距離としては大きい割には帰京のフライト前に一杯やれる余裕もある。
どうやら噂の昼間消灯の地方空港とはここのことを言うらしい。飛行機という手段を加えた
ことで計画はがらりと変わった。正に火曜サスペンス劇場で見た西村京太郎ばりの
トリック的展開である。本当に日帰りしようかと思ったが、それではあまりにも色気がないと、
実際には秋田市へ引き返し、秋田市の繁華街・川反(かわばた)で郷土料理と地酒を
楽しんできた。初めて訪れた秋田市は街の規模としてはさいたま市ほどのビル群であろうか。
ただ訪れたのが日曜日とあって、夜の人通りはほとんどなく、飲食店も半分以上がお休みで
川反の堀に並ぶ柳の下に幽霊が居そうな面持ちで寂しさが漂っていた。
加えてハタハタ漁の解禁が直前ながらもまだで、新鮮な姿焼きが食べられないと
ハタハタ好きの友人が残念がっていた。旬のハタハタを食べたの食べないのもアリバイ工作を
崩すのに使えそうな素材である。「○○さん。あんた川反で大好物の新鮮なハタハタを
食べたというが、ハタハタ漁の解禁はまだなんですよ。あんた本当は秋田にいなかったね」
みたいな。但し身は固いが保存用のハタハタはあり、姿焼きも年中食べることができる。

飛行機のおまけ

 めったに飛行機に乗る機会がない私であるが、今回の羽田→山形庄内のフライトでは
素敵なおまけが付いていた。飛行ルートがここ越谷直上で、雲一つない空でもあって
巨大ショッピングモール・レイクタウンを目安に息子の通う小学校や近くのマンションを
自らの目で鳥瞰できたのだった。さすがに我がお店までは確認できなかったが、
埼玉、栃木、福島と真っ直ぐに山形庄内を目指すルートならではの景色にとてもラッキーで
ハッピーな気持ちになれた。出発から到着まで1時間足らずのフライト時間中、
離陸までの移動および滑走の時間と、着陸態勢作りと着陸およびターミナルまでの
移動時間が4割余り占めて、実際に飛んでいるのは30分程である。シートベルト取り外し
OKのサインが出て、朝食に買った「しっかり30品目の食材」なる彩り豊かな空弁に
箸を付けてから置くまでに事実上の空の旅が終わった短い行程であった。
越谷の鳥瞰の他にも色付く紅葉の山々や、早くも頭に雪を被った高めの山が点在し、
また新潟村上辺りから鶴岡までの日本海と接する美しい海岸線や、以前温泉を楽しんだ
あつみ温泉の山間地なども楽しめて、高度の低いフライトならではのおまけ一杯の
空の旅でもあった。またぜひ乗ってみたいものだ。


■ 執筆後記 ■

 経済学用語に「距離の暴虐(ぼうぎゃく)」ということばがある。
合理化やコスト削減をいくら進めても、
距離に掛かるコスト削減には限界があることを示している。
裏返して説明すれば当たり前の話だが、
同じような商品を取り寄せるなら
近場の方が運賃は格安ということだ。
例えあの「どこでもドア」があっても運賃はさして変わらない。
個人的な利用なら移動費ゼロであろうが、
利益追求の商売となると、一番安い運賃より
少し下げた運賃、というかドア通行料となるからだ。
それ以上下げる理由はない。

秋田には今まで何度となく足を運んだことがあるが
今回初めて「秋田市」を訪問した折、
私の頭に浮かんだのがこの「距離の暴虐」であった。
秋田市の位置が東北6県でも抜きに出て
不利な場所にあると感じたからだ。
ふた昔前ならば、「北前船」という
日本海を船で行き来する運送航路があり、
秋田市の繁栄の一翼に担ったであろうが、
昨今のトラックによる陸運中心の時代となると、
秋田市はたちまち陸の孤島扱いとなってしまうと
地政学的な不利を痛感したのだった。

他の東北5県の県庁所在地を考えれば、
青森の青森市、岩手の盛岡市、
宮城の仙台市、福島の福島市は
東京よりほぼ一直線上の東北自動車道上に位置する。
山形の山形市も、宮城より東北道をちょいと
50kmばかりそれたところにあり、
山形高速道で繋がっているので便利なうちだ。
しかし秋田は、岩手の北上より分かれて
ほぼ1車線の秋田道を160kmも走った先にある。
まあそれでも高速道が秋田市まで延びただけでも
便利になったものだ。
私が最初に秋田を訪れた20年前は、
北上より山道を3時間ほど走って、
やっと横手市に入ったものだった。

エッセイで触れた飛行機に関しては
秋田市の東南10kmほどに秋田空港があり、
便数も結構あって、人の移動には便利である。
しかし飛行機は基本、物流には使い勝手が悪い。
(速さという点では抜きに出ているが、コストと量に制約がある。
それとこの飛行場、もっと秋田市寄りに作っても
よかった気がするが‥)

秋田市をもっとぐっと身近に感じてもらうためには
どうしたら良いであろうか?
同じような陸の孤島といえる場所に、
秋田市とは奥羽山脈を挟んで対極にある
岩手の三陸地方がある。
こちらも実は秋田市以上に交通の便が悪いところであるが、
例の「あまちゃん」効果で多くの観光客が足を伸ばしている。
そう言えば秋田も一時、韓国の人気ドラマの影響で
毎日韓国より飛行機1機分の韓国人が、
わざわざ田沢湖の乳頭温泉まで来ていたと聞く。
それらは一時のブームに終わってしまう例であるが、
わざわざ客が足を運ぶ何かしらの工夫というか、
魅力がひとつほしいものだ。
まあ、それが分かっていれば、秋田市の苦労もないが‥。

あ、そうそう。うちの息子にはぜひ
秋田市の国際教養大学に行ってもらいたいと思っている。
秋田市の立派な魅力のひとつだ。

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