旅の空色


2012年10月号




日光・戦場ヶ原ハイキング

日光の悪夢

 本年5月のコラムで日光・戦場ヶ原のハイキングを計画していることと
その妄想旅を紹介したが、本月10月の休日にいよいよその計画を実行に移した。
予定通り竜頭の滝から川を遡って戦場ヶ原に分け入り、湯滝まで歩くことおよそ3時間。
下調べ通りやはりほとんど平らな道なりで、初秋の清々しいマイナスイオン一杯の空気の中、
左右に立つ色付き始めた男体山と白根山に見守られながらちょっと長い散策を家族で
満喫できた。意外だったのがゴールとした奥日光の湯滝で、テレビの紹介では
やさしい流れに思えたが、実際には北茨城の名瀑・袋田の滝を連想させるような
高い二等辺三角形の力強い迫力のある滝であったことだった。本当は湯滝の側道の
険しい崖の坂道を登って、上流の湯の湖の湖畔をぐるっと回り込んで日光湯元温泉を
目指すつもりだったが、歩き慣れない道のりにくたくただった私たちは湯滝から
ズルをして路線バスを利用したのだった。

 ところで日光の中禅寺湖を訪れたのはほんと久しぶりであった。20年ぶりだろうか。
埼玉県越谷市からは比較的近場であること、また昔馴染みの私鉄・東武伊勢崎線での
利便性もいいので今まで3〜4度来た記憶がある。しかしなんと言っても忘れもしないのは
最初に訪れた小学校の林間学校の時だ。その時に泊まった宿を今でも鮮明に覚えている。
我が人生において二番目に悪い印象の宿となったからだ。
 旅好きの私は今まで数々の宿に泊まってきた。安い宿もあれば高い宿もあり、
大きなホテルや旅館もあれば、素泊まりの小部屋もあった。料金とそれに対するサービスの
バランスはその時々様々であり、常に必ずしも一致するものではないと言えるが、
大方は許容範囲以内に収まるものであった。そんな中で中善寺湖畔に建つあの宿は
飛び抜けてひどかった。飾り気のない大部屋にすし詰め状態で入れられ、
食事はいかにも冷凍食品のオンパレード、そして何よりも一番強烈なのは大浴場であった。
生徒数が多いため入浴時間は10分程度、組ごとに裸にさせられて、代わり番こに
急かされる様に体を洗った後、いっぺんに湯船に入らされた。正に芋洗いそのもので、
今から思えばまるで刑務所の扱いである。さらに卵の腐ったような強い匂いを放つ
コテコテの硫黄泉が拷問のように追い打ちをかけた。慣れない熱い湯と独特の強い香りに
湯上がりは私を始め多くの友達が気持ち悪くなったものだった。
 ハイキングの後、日光湯元温泉の日帰り入浴でやさしい秋の木洩れ日の中でゆったり
露天風呂に浸かっていると、宿泊客らしい息子と同じ年頃の少年数人が賑やかに入ってきた。
とその中の一人の少年がこの腐った卵の様な臭いのする温泉はいやだと語り始めた。
すると同時に私の脳裏の中であの宿での入浴体験が鮮やかに蘇ってきた。今の私には
そんなにきつい臭いには感じないが、どうやら子供達には昔の自分のように不評らしかった。
あの宿の湯はもっと濃厚な白濁湯だったと記憶しているので、今思えば温泉だけは
一級品だったのかもしれない。
 中禅寺湖半は今や寂れていて、軒を連ねるお店の半分くらいが閉まっていた。
そしてあの悪夢のような宿も今はもうない。

どっちのもの?欲しがる理由

 ハイキングや温泉も楽しかったが、この日我が家族で一番評判が良かったのは
竜頭の滝近くの無料駐車場の目の前にある「さかなと森の観察園」という施設だった。
中央水産研究所日光庁舎との添え書きがあるので公共の施設なのだろう。
川や湖に住む淡水魚を研究する施設で、広い敷地にある数々の養殖池が観光用に
開放されている。中でも幻の魚と言われるイトウの勇姿には度肝を抜かれた。
1メートルはあると思われるものが何十匹も目の前をゆうゆうと泳いでいた。
また馴染みあるニジマスもエサをたんまりあげればこんなに大きくなるという感じで
丸々とよく肥えたものがうようよといた。ここでは養殖池の魚たちに入り口でくれるエサを
あげるのが一番のイベントなのだが、私は敷地の一角に建つ魚について学ぶ小さな資料館で
見たある展示物に感銘を受けた。それは海の中の高低差を示す海洋版立体地図というべき
もので、インド洋から太平洋一帯を大きな模型で表していた。日本から南や東に向かうと
よく知られているようにすぐ深い日本海溝に落ち込む様がまずわかる。
東日本大震災の震源地はこの辺りかと眺めた。そして次に大陸の方に目を転じると‥
今問題の尖閣諸島辺りも覗える。しばらく眺めているとなるほどとある納得を得た。
問題の隣国・中国から見れば、近海は大陸棚が広がり浅い海しかないのが分かる。
対して日本は太平洋にしても日本海にしても深度差の様々な海に囲まれて豊かな漁場に
囲まれているのが手に取るように分かるのだ。限られた魚しか取れない海に比べれば
正に豊穣の海、宝の海に囲まれた我が日本なのである。尖閣諸島問題は海に眠る地下資源が
よく話題に上るが、この模型を眺めていると豊かな海への入り口でもあることも
理解できる。これじゃあ中国人が二重の意味で欲しがるのも当然と言えるかもしれない。
ちなみに韓国と揉めている竹島も島の東側は日本海の深みある海に繋がっている
(余談であるがこのように地形が国の有り様に大きな影響を与える事象研究を地政学という。
例えば大陸に接した島国という点で日本とイギリスは近い関係にあると言われ
100年前に遠方地ながらも日英同盟が成立した一因と言われている。また中国がこれまた
問題の異民族地帯・チベットにこだわるのも地形図を見開けば一目瞭然である。
チベットを押さえておけば、その西南はエベレストを含む高いヒマラヤ山脈の壁に囲まれて、
まるで自然の万里の長城のようで軍事戦略上とても有益且つ重要であると言える)。
 私は走り回る息子を捕まえて尖閣諸島辺りを指さし、この島は中国のものかそれとも
日本のものかどうか聞いてみた。すると息子はなんと中国のものじゃない?と答えた。
私は「バカ!日本のものだ」と慌てて訂正した。しかしまあ確かに日本の本島と比べれば
距離的に中国に近いので息子にはそう見えたのかもしれない。だが間近に台湾を望む
与那国島までの沖縄諸島が日本の正統な領土であると思えば尖閣諸島はその一部にも見える。
 先日あるテレビ番組でちょい悪る親父で有名なパンツェッタ・ジローラモさんが
日本を絶賛していた。彼曰く、こんなに豊かな緑や海に囲まれた国は世界にいくつもないと。
国土に占める緑の量が7割を超すのは北欧の2国と日本だけだそうである。しかも日本には
美しい四季があり、土壌は肥え、水は澄んでいる。我々日本人はそれが当たり前過ぎて
その恩恵の有り難みを忘れているのかもしれない。


■ 執筆後記 ■

 このハイキングより数日後、
もっともポピュラーなハイキングコースの
赤沼車庫へ繋がる三つ叉道付近で
早朝ハイカーが熊に襲われてケガをした。
すぐに「ああ、あそこら辺かあ」と思える
通ってきたばかりのところだったので、
ニュースを聞いてぞっとしたものだった。
まあ、賑やかな日中は心配ないと思うが。

天気に恵まれていいハイキング日和であった。

ニジマスもでかくなるとこのくらいになる。ここでは生きたこんなのがうようよいる。
食べたらやっぱ大味かな?

問題の立体海底地図。
中華人民共和国の近辺の海がいかに浅いかが分かる。
私は普段、政治、宗教のことは極力避けているが、
尖閣諸島のいざこざについてはやはり憤りを感じる。
彼の国の前近代的な国際感覚と『傲慢』さを感じる。
あの植民地争奪戦の末の大戦から結局何も学んでいないように見え、
そして自ら繰り返そうとしているのだろうか。
またいつまでも「お前のじいさん、ひいじいさん、ひいひいじいさんは人殺しだ」と
言い続けてもいられないとも思う。
言われている方もオウムのようなワンパターンにいい加減呆れてくるし、
世代が代わればなおさらである。
あとタカリ癖も直して欲しい。またそれに応じる方もに問題がある。
当たり前の癖がついているから結局全く感謝はされない。
先人が築き上げてきた大事な国の資産にはちゃんとした対価を貰おう。
それでこそフェアーというものだ。

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