旅の空色
2012年 5月号
朝5時出発と二人に告げた。いつもよりさらに1時間ばかり気合いの入った出発である。
「ゲンキダ イクゾウ」の名を戴けそうな私の乗りに嫁はえっ〜とばかりの迷惑顔だが、
いつもはお寝坊の息子はOKと満面の笑みで答えた。学校へ行く日は毎朝毎朝
早く起きろと何度も声を掛けられた末に、最後は怒鳴られてやっと布団から
おばけのように這い出てくる、まるでマンガにあるパターンそのままの息子なのに
いざ旅行となると棒を立てるようにシャキッと起きてくるのだ。
このギャップはなんなのだろう?
東北自動車道へはいつも岩槻インターより乗っている。北越谷より元荒川沿いの道を走って
国道16号に出るルートである。このルートは滅多に混むようなことはないが、
5月の連休中とあっては用心しなければならない。そのため家族の分も合わせていろいろと
支度が大変な嫁の迷惑を承知での早朝の出発なのだ。さらに目的地での様々な予定もある。
今回の旅先は日光の戦場ヶ原である。当初は日光江戸村や東武ワールドスクウェアなどの
観光施設を楽しもうかと思案していたが、あまりお金のかからないことと、健康によい
ということで戦場ヶ原ハイキングをメインと決めた。そしてたまたま「日帰り入浴」という
キーワードで検索していると、ハイキングコースの終点、奥日光の湯元温泉で
日中6時間部屋を借りられて大浴場入り放題というプランを見つけてこれが決め手となった。
パソコンで目的地までの距離と時間を予想するとおよそ3時間と出たが、なあに
いろは坂さえ渋滞しなければ2時間半で着く目算だ。そのための早朝出発でもある。
予定通りいろは坂を超え中禅寺湖畔沿いの国道120号を進み、湖畔道の終わりを右に
曲がるとすぐ右側に無料駐車場がある。ここまでが自家用車での第一目標だ。
車はここに停めておいて国道を少し歩けば日光の名三瀑のひとつ、壮大で美しい竜頭の滝が
出迎えてくれる。ここからが本日のハイキングコースの入り口となる。
その名の通り真ん中に龍の頭のような大岩を抱いて二線の力強い流れを見せる滝を真正面から、
そして横から、さらに上流からと眺めながら登り、滝の源流沿いをしばらく歩いて行くと
いよいよ戦場ヶ原へと分け入って行く。火山の活動によってせき止められた川の流れが、
大池となり、やがて湿地になり、そして荒涼たる一面の草っ原となって今の姿に至り
山の神々がその地で争ったという伝説からその名が付けられたという。
以前は草地の中を自由に歩けたそうだが、今は板で渡された散策路や決まった道以外は
自然保護の目的から進入禁止となっている。しかしその分、高く茂る草原の奥にある
手つかずの自然の息遣いが見知らぬ虫の音や小鳥のさえずりとなって伝わってきて
豊かで生き生きとしたそして安らかなる世界へ心のみを遊離して導いてくれるものだ。
草原に、清流沿いに、そして木漏れ日の森にと歩くことおよそ2時間で湯滝に至る。
滝は滝だがやさしく岩肌を滑り落ちる白くて広くて長いカーテンのような趣の滝、
それが湯滝である。この湯滝と竜頭の滝、そしてかの有名な華厳滝が日光三名瀑である。
湯滝の側道を登り切ると湯ノ湖に至る。この湖のちょうど対岸に見えるのが
今回のハイキングのゴール湯元温泉である。およそ3時間の行程。ほとんどが平らなところ
ばかりで、気持ちよく楽しめる散策ルートである。
さて旅の後半はいよいよ温泉だ。
大の風呂好き温泉好きである私にとってはハイキングはあくまでも温泉を楽しむための
余興といってよい。予定通り予約した湯元温泉の宿「休暇村 日光湯元」に11時到着。
チェックインして食堂で日光の名物、湯葉料理や朴葉焼き料理を舌で楽しんでは
すっからかんの胃に流し込む。お腹一杯になったところで今度は身体全体で楽しむ
温泉大浴場へ。日光の湯は硫黄泉が多いが、ここも体の芯までその効用が届くのが
実感できる名湯だ。じわじわ吹き出す汗とともに早朝のドライブや慣れない山歩きの
疲れも一緒に消えて体が軽くなるのを感じる。ちょうどジェットコースターが
下る瞬間のように重力を忘れた体になり、そして風呂上がりとともに再び重力が戻ってきて
今度は安眠の底へと誘われるパターンである。おっと、本当はここで風呂上がりのビールと
いきたいところ山々だが、残念ながら車の運転があるのでそれはぐっと我慢となる。
やはり昼寝は畳の部屋のゴロ寝がいい。しかもここは宿泊用の和室を貸してくれるので
誰気兼ねなく大の字で大いびきで寝ることができる。嫁や息子はその間に温泉街や
湖畔の散策を楽しんでもらうこととする。17時ぎりぎりでチェックアウトして
バス停に向かう。東武日光駅へ向かうバスに乗り、車を停めた駐車場前で下車して
帰路となる。この時間での帰路なら道が混むことはないだろう。チェックアウト際に
また風呂に入っているので、夕食さえ途中で済ませば後は布団に直行できる。
補足に今回紹介した日帰りプランを紹介すると、11時から17時までの6時間
部屋が使えて、温泉入り放題で大人ひとり2625円である。夫婦と小学生一人の
我が家だと支払い総額は7000円くらいだ。少し高いように感じる方もいるかも
しれないが、観光地で施設の整った日帰り温泉施設では大人1人2000円くらい
取るところはざらにある。宿泊用の個室が使えるのだからかなりお得なものと感じた。
場所的に”奥”日光という不便さに加え、福島原発事故の影響もあってのサービス
なのかもしれない。ちょこっと温泉に浸かりたいだけなら、いろは坂入り口近くの
公共温泉「やしおの湯」(料金500円)もいいだろう。
また今回は車での移動を紹介したが、電車での行きか帰りもかなり予習した。
なぜなら昨今のガソリン高に加えて高速料金を勘定したら電車も車も我が家三人の移動では
コスト的にはほとんど差はないからだ。移動時間も大差はなく、むしろ電車の方が
渋滞知らずの優等生でもある。そして何よりも風呂上がりのビールを心置きなく
楽しむことができる。まー不利な点としては天候などの理由による急な予定の変更に
対応しずらいことや、バスや電車の接続で無駄な時間が生まれる場合があることか。
しかし東武電車が発行している4日間バスと電車乗り放題のパスは日光および鬼怒川辺りを
ゆっくり巡りたい場合は魅力的である。なんといっても常に運転手付きと楽だ。
ここで読者諸君に謝りたい。実は今回紹介した話は私の妄想旅である。
本当は実体験として紹介したかったが、出発2日前に息子が熱を出して中止になって
しまったのだった。滅多に病気にはならない健康二重丸の息子なのだが…。
私も今回は特に力を入れて用意していただけにショックは大きかった。久々に車まで
洗ったのに…。でもここまで妄想できたら行ったも同然かも…。
■ 執筆後記 ■
この小旅行プラン。
この後10月にリベンジで実行された。
(その様子は2012年10月号参照)
大方計画通りの運びとなったが、
残念だったのは休暇村 日光湯元の
日帰りプランがなかったこと。
10月は紅葉の時期で、繁忙期であるため
そのような時期にはこのサービスはないようだ。
つまりは基本閑散期に、特に平日に
少しでも部屋の稼働率を上げるための苦肉の策らしい。
休暇村 日光湯元の他に
同系列の那須でもこのプランを見かけたので、
平日にお出掛けの際は参考にされるといいだろう。
プランはなかったが、同施設で日帰り入浴はしてきた。
この休暇村シリーズ、
「これまで泊まった宿 紹介」で書いてあるが、
南伊豆は宿泊したことがある。
美しい弓ヶ浜の側にあり、プールもあり、
施設も小綺麗で、とてもよい宿であった
(但し、2泊するとバイキングが飽きてくる)。
もともと国民休暇村の流れから今に至る休暇村は
国定公園などにある立地の良さと
リーズナブルな料金が売りである。
ただ私眼的には、平等性、公共性重視で始まった経緯ゆえに、
部屋は画一的で、サービスもシンプルなものとなっている。
しかし近年、同系列内の各施設で集客を競(きそう)仕掛けが
あるらしく、施設を今風に改装したり、
その地域らしいサービスを充実させたりと、
その分ちょい値段が上がったりするけれど、
各地域施設おもしろい特徴が出てきたように見える。
今では旅の計画ごとに必ずチェックする宿である。
余談だが、この公共の宿系では
茨城県日立市にある
「国民宿舎 鵜の岬(うのみさき)」が
成功例として有名である。
私は泊まったことはないが、
お客様の話では食事、施設、サービスともに
満足度がとても高いらしい。
しかもお安いときている。
夏の旅行にと一度考えたことがあるが、
夏のトップシーズンはハガキで応募して
抽選という人気振りだそうだ。
2012年10月。休暇村 日光湯元 近くの湯ノ湖湖畔にて。
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