旅の空色
2013年 3月号
ベストシーズン in 青森
青森は夏に訪れるべきである。
少なくとも雪のない暖かい時期がいい。新青森駅で東北新幹線を降りて、
駅ターミナルを出た私の第一印象である。よそからのお客を迎える青森の玄関口だというのに
人が歩くところ以外は山のような雪がある。何よりも吹き突ける風が冷たく肌に突き刺さる。
空は灰色に澱んでいて雲の流れが速く、時折青を見せるが、すぐに雲に負けてしまう。
雪は降ったり止んだり。ふわふわと舞い降りるわた雪は景色の一部と化している。
地元・青森の人に「埼玉から来ました」と挨拶すると、皆一様に「ほう」と感心して
「ご苦労様です」と挨拶が返ってくる。そして「また夏に来てね。過ごし易いから」と
締めくくる。冬この地を訪れるのはちょっと‥といった意味合いを含むように聞こえた。
青森を代表する小説家・太宰治も小説『津軽』で「津軽の旅行は5、6月に限る」と
忠告してくれている。それを知った上での冬の青森訪問なのだから、冷たい風と雪の
お出迎えは覚悟の上だったが、とにかく寒い。ただ息子は大喜びだった。
埼玉・越谷では雪が積もっても15cmほど。こちらは2メートルの世界である。
きれいに均された雪面に足跡をつけたり、寝っ転がったりと大はしゃぎである。
青森っ子は雪に飽きてかそんな遊びはしないようだからよそ者丸出しだ。
もっとも親子揃って上下スキーウエアーに長靴姿のおおげさな防寒重装備であるので
傍目にも十二分によそ者とわかる我々だろう。
駅ターミナルのバス停で青森市内循環バス「ねぶたん号」を待っていると若い制服姿の
目のパチっとしたチャーミングな女性が声を掛けてきた。これからどこに行くのかと
熱心に声を掛けてくる。私は鼻の下を長くしながら「三内丸山遺跡に行きます」と告げると
その後の移動手段や青森市内のイベントについて笑顔で丁寧に教えてくれた。
彼女は私の男前に魅せられた?わけではなく、どうやら青森市の観光課の人のようだ。
ただ仕事上の制服とはいえスカートで外仕事は寒いだろうと案じた。それとも青森の人は
寒さに強いのか?そんなことはないだろうが、冬の観光にかける青森の熱意を感じた。
3日間に及ぶ今回の冬の青森旅行では青森市を始めに、弘前市、黒石市、五所川原市と
その金木地区、野辺地、十和田市と時間の許す限り、公共交通機関を使って見て回った。
さらに詳しく訪問地を紹介すると、縄文時代の大集落跡たる三内丸山遺跡、
青森ねぶた祭りを紹介する施設「ワラッセ」、以前津軽海峡で電車を運んだフェリー
「八甲田丸」、江戸期より店々の軒先を繋げて雪や雨をしのいだ元祖アーケードの
黒石のこみせ通り、桜で有名な弘前城の雪祭り、五所川原の立ちねぷた会館、
いまや有名となった冬の風物・ストーブ列車に金木の地吹雪体験、野辺地のまかど温泉に
最近話題の十和田市の現代美術館といった具合である。
移動は電車やバスの公共交通機関を利用してつくづくよかったと思った。
青森出身のお客様には主要な道はきれいに除雪されているよなどと教わっていたが、
実際には降り積もる雪の量に追いつかないのか、大抵の道は白く雪で固まっていた。
ただ関東に降る雪と異なって滑らない雪である。さらっとしたまるで砂のような雪で
明らかに凍っているところ以外は歩いていて滑ることはない。そんな雪質なので
地元のドライバーは雪用タイヤを履いていることもあり、普通にびゅんびゅんと運転する。
しかし我々のような雪に馴れないよそ者の運転はおっかなびっくりで迷惑の限りだろう。
また楽しみにしていた息子との雪合戦はそんな雪質のため固まりにくく、雪玉作りに
不向きであり少し残念だった。
新沼謙治のヒット曲「津軽恋女」の歌詞にあるように青森では大抵、雪、雪、雪の
天候であった。七つあるという雪、こな雪、つぶ雪、わた雪、ざらめ雪、みず雪、かた雪、
こおり雪のうち、前半のこな雪、つぶ雪、わた雪の3つは見れたようだ。後半の4つは
水を含んだ春に近づく雪なのだろう。ともすればあっという間に頭を白髪に染める雪、
行く手を覆い隠す厚い層をなして降る雪、車窓の外で数百の糸を引くように流れる雪、
砂塵のように舞い上がる雪、綿帽子のようにふわふわとそっと浮いている雪、
夕日にもやをかける雪、夜空からはらはらと小さな天使のように舞い降りる雪、
雪は見る角度や時間、気候、風景によって千差万別に我々を楽しませてくれた。
それらは特別なものではなく、そこかしこに現れては消えて行く。
観光地回りはもちろん面白いが、そんな雪の表情を、移動時や立ち止まった時に見つけるのも
冬の青森ならではの楽しみと知った。青森は冬も訪れるべきである。
失敗と幸運と
私は旅の計画を綿密に立てる方なのでまず失敗したことはない。
今回の青森旅行も大方は見込み通りの成功裏に終わったが、ただひとつだけ失敗をした。
それは黒石市の「冬のこみせ祭り」であった。こちらも旅番組で度々紹介があり、
雪国の冬のお祭りに大いに期待していたのだが、実際に訪れてみると、本年より
企画が変わったようで、町中心にあるこみせ通りでは開催されていないのだった。
どうやら観光客相手をメインにしたらしく、町より離れた観光施設で開催されていたらしい。
まさに肩すかしにあった気分で、仕方なく名物の「つゆやきそば」なるものだけ思い出に
食してきた。ただ行き帰り弘南鉄道というローカル線に乗れたのは電車好きにはうれしかった。
そんなこんなでその日は忙しく観光地を見て回ったため、宿泊先の弘前市内のホテルに
着いたのは夜8時前になってしまった。近くの弘前城で開催されている雪祭りは
マイナーなものでおまけ的にちょっと覗いてみようと計画していたが、すでに時間も遅いし
小雪もちらつき、一日の疲労も感じてどうしようかと考えた。しかし黒石の肩すかしで
少し損した気分であったので期待せずに散歩がてら足を運んでみることにした。
ところがこれが大正解であった。夜9時の祭りの終わり間際は人影が少なく、弘前城内は
静寂と漆黒が支配していた。さっくさっくと新雪を踏みしめながら、天使が舞い降りるような
はらはらとわた雪が降る中を、道々に作られた雪像や雪灯籠のほのかなランタンの灯を頼りに
迷路のような城内の小道を巡る私たちは、夢まぼろしのような世界に迷い込んだような
特別な体験ができた。弘前城は桜が埋め尽くす5月の祭りが観光的にとても有名だが、
地元手作りの雪祭りも趣があっておすすめである。
■ 執筆後記 ■
弘前城天守閣と息子・錬。2013年2月、弘前城雪祭りにて。
2月に開催される「弘前城雪祭り」は
観光用というよりは地元のお祭りである。
訪れる客は子供をソリに乗せて引っ張るといった
微笑ましい家族連れや、地元のカップルが多く見受けられた。
弘前城の天守閣を始め、櫓(やぐら)や城門がライトアップされ、
道の至る所に地元の有志やスポンサーがこしらえた
大小の雪像や灯籠が配されて、
ろうそくの灯火で夜道を照らしているといった
静かでロマンチックな雰囲気である。
雪で埋まった堀に点々を延びる動物の足跡も発見し、
友人Kの話ではきっとキツネだと言う。
よそ者はそっと見て、そっと帰ってくるのが良い。
そんなお祭りである。
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