旅の空色


2009年 2月号




愛シキ我ガ家

 我が家では基本的に春休みと夏休みに一泊二日の旅行に行くように計画しています。
以前は夏休み1回の旅行でしたが、商売の関係でなかなか家を空けられない我が家なので
せめて子供たちが小さいうちはいつもと違う外の世界でいろいろ体験させてやりたいと
思い切って年2回出かけるようにした次第でした(基本的に月曜日が定休日ですが、
馴染みのお客様の利便性を考えて夕方4時から夜8時までお店のみ時短営業をしています。
完全に丸1日休業日となるのは旅行の日以外はお正月元旦だけなのです)。
またそろそろいい年になってきた両親にも旅行に出かけられる健在なうちに、
孫との楽しい思い出をあげたいという気持ちもありました。まー以前ほどは店も
忙しくなくなった事情もありますけどね。我が家の子供は錬くん(6才)ひとりですが、
”子供たち”と書いたのは旅行には必ず妹の子のたっくん(9才)を連れてゆくからです。
我が子のようにかわいがっていることもありますが、お互いにひとりっ子なので、
旅行の機会に兄弟があるような体験もさせてあげたいからなのです。
 正直、旅行の出費は重いです。しかしふたりとも男の子であるので、いつまで一緒に
旅行に行ってくれるのか、やがて格好悪がっていかなくなることを見込んでの
今の出費と考えています。実際に所帯持ちの同業者の友人たちに聞いてみますと、
十中八九は中学生や遅くとも高校生になると恥ずかしがったり、また部活や塾、受験で
忙しくなったりで旅行に行かなくなるそうです。かといって夫婦2人で出かけるかと
いいますと、こちらもまた十中八九は様々な事情?で旅行には行かないそうです。
旦那は行く気満々でお金も出すぞと誘うそうですが、奥方からはつれない返事。
他人事と笑っていましたが、どうも我が家もだんだんとこの路線に入ってきた気がします。
旅行好きな私が子供をダシに家族を旅行に引っ張り出している部分もあることは否めません。
まあ行けるうちは楽しもうということです。そして最近行けなくなる事情というか
危機も新たに経験した我が家でもあるのです。

家族トノ時間ヲ再考ス

 話は若干逸れますが、私の好きな本のひとつにハワイ在住の日系四世の投資家、
ロバート・キヨサキの『金持ち父さん 貧乏父さん』という著作があります。
投資本・人生の指南本としてベストセラーになった本なので、本の好きな方は見知っている
ひとも多いでしょう。最初にこの本のタイトルを聞いた時、お金のあるなしで父親としての
威厳を決めるような失礼な本だと私は強い違和感を覚えました。しかしポータルサイト
(インターネットにおいて入り口となるサイト)のYahoo!のファンナス欄で
彼のコラムに触れてから興味を持ち、話の面白さからこの本を何度も読み返しました。
実は失礼に見えるこの本のタイトルも彼一流のプロパガンダ(宣伝)でありました。
本当のお金持ちとはなにか?そもそもお金とはいかなるものかなど、彼の半生の歩みを
辿りながら砕いて説明してくれる経済書としても有益な本ですが、この本で私がもっとも
気に入ったのは、たびたび訪れる投資におけるいつくかの大事な選択の中に彼は必ず
「家族と過ごす」という選択肢を入れていることなのです。

どんなに大きな投資話に直面しても、その有利不利の判断と一緒に家族と過ごす
時間も勘定に入れて考えるなんてアメリカ的発想なのでしょうか。彼は本当は常にこの
「家族と過ごす」という選択肢を選びたいと語っています。いつも一番大切な選択肢で
あり続けているのです。彼の本から私がもっとも受けた影響は実にこの発想法でありました。
 ちなみに彼の本を穴が開くほど読み返しましたが、やっぱり私は金持ちにはなれそうに
ありません。先のコラムで紹介しましたが、最新の投資技術の誉れ高い金融工学にも
触れようと入門本を読みましたが、その著者の一人、野口悠紀雄さんが一章目でがつんと
読者に忠告しているように、金融工学もけして魔法の書ではありませんでした
(このことは今回の世界的恐慌が一部証明していると思います。ただ高校時代に授業を
受けた苦手だった標準偏差や微分積分、確率論は、一見普通の生活には無縁のように
思われますが、実は身近で大切な考え方なんだと改めてわかりました)。
投資に関係する話を今ひとつ紹介します。ドイツで昔から伝わる民話と聞きました。
悪魔から宝を掘り当てる呪文を聞いた男が夜な夜な呪文を唱えながら畑の土を掘り返して
いました。すると遠方より光り輝く童子がやってきて男にこう語りかけました。
「そんな呪文に頼ってガラクタを掘ってないで私がいい呪文を教えてやろう。
『昼のいそしみ 夕べの団居(まどい=だんらん) 汗の週日 たのしい憩い日』
これを今後の呪文とせよ」と。ここら辺が私にはしっくりくる処世術のようです。

アラタナ条件

 一部ご存じのお客様もいるかと思いますが、私の母は昨年5月脳梗塞(のうこうそく)に
なってしまいました。症状の発見は早く、自分の足で病院に向かったのですが、その後
病が進み重い脳梗塞となりました。治療に2ヶ月、リハビリに4ヶ月、この病気で
許される入院保険期間いっぱいに母は忍耐を持って望みましたが、未だに麻痺は残り、
今も在宅でリハビリに励んでいます。先のNHKの特集では退院後のフォローが不備で
悪化するケースが報じられていましたが、幸い我が家ではゆっくりですが少しずつ
前進しているのを感じています。しかし母の生活は一変してしまいました。必然ですが
行動できる範囲は極端に狭くなってしまったのです。このような事態になって初めて
バリアフリーや介護設備の環境に目を向けるようになりました。そんな母を広い世界に
出そうと新たな環境条件を加えて旅行計画を模索しています。しかし宿泊施設において
この対応がされている施設が案外に少ないことに気づかされました。特に旅館では
なかなか条件のよいところがないのが現状です。調べますと意外や意外、この対応で
よい評価がなされているのは今問題になっている『かんぽの宿』でした。部屋にしても
従業員の対応にしても行き届いているとの評なのです。全国にあるかんぽの宿を
閲覧してみましたが、充実した設備ぶりに驚かされました。
 孫たちが水で戯れるのを見守れるベンチ、これまでと同じようにみんなで寝食をともに
できる広めの部屋、母でも入れる温泉、使い勝手のよい身近なトイレ、気ままに動ける
施設環境などなど今まで以上に必要条件は厳しくなりますが、なんとか理想に近いところを
見つけるつもりです。また母もその日を目標にリハビリに日々励んでいます。


一つ戻る

■ 執筆後記 ■

 我が家の”大”家族旅行、
私の両親と私の家族三人、そして妹の家族との
三世代旅行は10年間の歴史となった。
前半5年間は皆健康な時代、
そして後半の5年間は体の不自由な母を連れての旅であった。

通常、家族三世代旅行の場合、
老齢の親を尊重して、その嗜好に合わせるか、
それとも子供達中心の遊びを主体とした旅にするかなど、
あちらを立てればこちらが立たずといった案配になるかと思うが、
私の場合、すべての世代が満足できるように
知恵の輪を解くが如く考えるのを第一としていた。
それというのも私自身も楽しくなければという
旅好きのわがまま心が成せる技であったと言える。

夏休みが主体であるので、海水浴を中心にして、
時には隊を二隊に分けて、陶芸や施設利用を織り交ぜたり、
夜は大人たちが納得するようにグルメに気を配り、
食後はカラオケや花火大会を催すなどなど、
みんなが飽きないように考えるのは、楽しい限りであった。

そんな”大”家族旅行も、平成25年夏に
母が再び脳梗塞を起こして、麻痺が重くなり、
それきり潰えてしまった。
平成27年夏現在、母は頭もはっきりしていて、
元気ではあるが、旅行に連れて行くには
手が掛かりすぎる体となってしまった。
また親父も逆流性食道炎の症状があって
たくさんは食べられなくなっている。


老後に落ち着いたら旅を!というのは間違いである。
旅は元気なうちに行くのがいいに決まっている。
たくさん歩いて、たくさん観て、たくさん遊んで、たくさん食べて、
そんなことができるのは元気なうちだけである。

確かにお金の問題もあるけれど、
同時に決して止めることの出来ない時間の問題もある。
ある高級旅館に泊まった時に、
せっかくのご馳走の数々を前にして
少ししか箸を付けられない裕福そうな老人たちを見た時に
そう悟ったのだった。

以上、自称「旅バカ」の戯れ言と受け止められたい。